みじかい小説 #122 梅の花
三月も上旬が過ぎ、はや半ばにさしかかろうとしている。
美代子は皺だらけの手を太陽にかざし、まぶしそうに午後の空を仰いだ。
天気は晴れ。
明日は夫の一回忌である。
墓まわりの掃除は今朝すませたし、明日お寺さんに出すための茶菓子も買った。線香の余分も出してある。
準備ばんたんである。
「ふふっ」
美代子は根っからのおてんば娘であった。
小さい頃から暗いのは大嫌い。
美代子にかかれば、だいたい暗く思われがちな一回忌というイベントも、誕生日のように祝われるのであった。
明日の為に新調した喪服など、さながら発表会のドレスのように扱われている。
美代子は、暇になった午後を利用して近くの公園に遊びに来ていた。
小さな公園にはベンチがひとつと、梅の木が数本植えてある。
見ると近くの枝に、黄色い梅がほころんでいた。
「ふふっ」
美代子はいたずらっぽく笑うと、手を伸ばし、その枝を折って帰った。
公園の木の枝を折るなんて本当は駄目なんだろうけど、かまやしない、明日は一回忌なのだ。
そんな勝手な理屈をつけて、美代子は帰宅した。
「どれにしようかな」
美代子は花が好きである。
気分がのった時に適当に花屋に出向き、いちにほん買って帰ったりもする。
美代子にはお気に入りの花瓶が三つあった。
「これにしよ」
美代子はその中から一番小さなものを選ぶと、水を注ぎ、そっと梅の枝をすべらせた。
そうして、それを手製の小さな仏壇に置くと、そっと手を合わせるのである。
「どうか成仏してますように。うっふっふ」
自分の言ったことに自分で笑う。
美代子の気質である。
ひとりでも十分楽しく過ごせる美代子であったが、やはり夫が死んだときはへこんだ。泣いた。
けれども一回忌ともなると、久しぶりの再会のようで。
気分はあがり、明日のために化粧台の前には頬紅と口紅が用意されている。
「ふふっ」
美代子は夫に対してか、いまひとたび笑うと、仏壇の小さな遺影と梅の枝を見比べ、その場を立ち、夕飯のしたくのために台所へ向かった。