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みじかい小説#191『己の女性性』
今日は、己の女性性について語ろうと思ふ。
己は今年、40を迎える。
己は市井にある、ただ一個の人間である。
生まれてからこのかた、自分以外の者になつたことは、一度もない。
そんな己が、このたび結婚を申し込まれた。
相手は三つ年上の男性である。
己は特に迷うこともなかったので、二つ返事ではいと答えた。
己を好きだといふ相手は、その返事を受けてことのほか喜んだ。
私も特に他の選択肢もなかったので、彼の幸福を我がことのように喜んだ。
しかし、はいとは答えたものの、とりあえずは離婚するまで、己はこの男性にとっての「女性」になるのだということが、若干、己を混乱させた。
己はそれを、素直に相手に伝えた。
すると相手は、それもまたよしと答えた。
己は幼いころから、日本のアニメーションと漫画に触れて育つた。
男性向け・女性向けなどの別なく、様々なジャンルに触れて育つた。
アニメや漫画の中では、女性も男性も、自由に思う存分活躍した。
それが子供心に見ていて楽しかつたのを覚えている。
また、己は幼いころから、ハリウッド映画に触れて育つた。
これまた、男性向け・女性向けなどの別なく、様々なジャンルに触れて育つた。
映画の中では、女性も男性も、自由に思う存分活躍した。
それが子供心に見ていて楽しかつたのを覚えている。
己の前に女はなく、己の前に男もなかつた。
己は、そんな自由な気風のもとに、すくすくと育つた。
親しくしていた友人たちは、己のことを変わつた目で見ていたのを覚えている。
さて、そんな己は成長期にあたり、見事に親と対立する。
己の親は揃つて教育熱心で、揃つて己の自由を認めなかった。
己は家を飛び出すように、とある地方の大学へと進学を決めた。
己にとつては、性別などといふものは、およそ人生の前には取るに足らないものであった。
20代を迎えると、そんな己にも声をかけてくる男性がいた。
己は純粋な己への好奇心から、数名の相手を受け入れた。
しかし己にとつて彼らとの関係は、一定の好奇心を満たして以降は、どうしてもそれ以上の意味を持つものたりえなかつた。
己の中で、彼らとの関係をもつてしてなお、己の性は宙ぶらりんのままであつた。
己はそんな自由な己が好きであつたし、常に誰にも己を定義せしめまいといつた気風でいた。
さて。
そんな己は30代になり、周囲の者が身をかためていくのを殊更騒ぎ立てるでもなく見守つていた。
早い者は20代前半で子を設けていた。
己は彼らを見て、所詮己とは見ている世界が違うのだと思つていた。
どちらが上か下かという話ではなく、ただ生きている世界が違う、違う生き物だとしていた。
己の役目は、己の人生を己らしく生きることで、およそ結婚や出産とは世の「女性」なるものがすべきもので、己の人生にはなんら関わりないとふんでいた。
己はどこまでも自由な、そんな己の気風を第一にしていた。
己が己である限りは、世のあらゆる困難に打ち勝つて当然という気概でいた。
しかし、人生とは分からないものである。
そんな己が「男性」なるものと所帯を持つのである。
己で決めたこととはいへ、己にはいまだにそれが信じられないでいる。
しかし、一度己が決めた以上、あとは事を成すまでである。
己は腹をくくり、相手の手を、しつかと、つかんだ。
もしかしたら、この結婚は成らぬやもしれぬ。
もしかしたら、相手との縁は一生ものかもしれぬ。
もしかしたら、将来、己のこの股より、「赤子」なる、己とは異なる一個の人間という異物をひねり出すこともあるやもしれぬ。
それを育てる道も用意されているのやもしれぬ。
しかしもしかしたら、離婚という道もあるやもしれぬ。
この先、何が待つているかは誰にも分からぬ。
しかし、己はいつまでも己であり続けたいと思つている。
「男性」なるものにいかに愛されようが、「赤子」なるものをいかに生み落とそうが、己の性はこの先も「女性」なるものになることはないであろう。
しかし、そうである限りは、己は己を見失うことはなく、そうである限りは、己は己自身の足で、この人生を歩んでいけるのである。
長くなつたが、これが己の、嘘いつわりない今の女性性である。
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