みじかい小説 #154『春の夜空』
足元におてんとうさまが咲いている。
黄色い、まあるい、おてんとうさまが。
崇は小さな手で、足元のおてんとうさま、大人がいうところの「たんぽぽ」をつまみあげた。
「おかあさん、きいろー」
「たんぽぽ、ね」
母は何度も根気よく訂正するが、崇はいっこうに覚えようとしない。
母は、足元の懐中電灯をふっと空にあげた。
つられて光の筋が、母の手元から天へと伸びる。
「おかあさん、ほしー」
「そうだね、おほしさま」
母は、たんぽぽをにぎった崇を体ごと抱いて宙にうかせると、ぎゅっとその身をだきしめた。
「見てごらん、おほしさまがいっぱいだ」
崇の耳元で、母は言う。
崇は、母に言われるがままに頭上にきらめく一面の星空を眺めた。
「きれいねー」
「きれいだね」
二人の顔を、まだ冷たい春の夜風がなでていく。
「おかあさん、かえろー」
「そだね、かえろうか」
母は、足元をなでるたんぽぽのわたげを、遠くまで飛べとばかりに、そっと足で蹴散らした。
「お母さん、ほしー」
崇はなおも空を見上げている。
「そうだね、おほしさまだね」
わたげはふわふわと、春の夜空に舞い上がる。
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