![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/78513650/rectangle_large_type_2_3896843fc10f38d9d2f413cddc3f39ad.png?width=1200)
みじかい小説#176『宏の弁当』
宏は料理が好きである。
たまの休日には、豚バラブロックを買ってきて、大量に豚の角煮を作る。
最近では、自家製鶏がらスープを作り、自家製ラーメンや自家製スープを作るのにこっている。
そんな宏の趣味に、一番理解を示してくれているのが3人の家族だ。
妻の花と、二人の子ども。
みな宏の料理を「おいしい」と言って食べてくれる。
そんな家族のために、宏は平日、毎日、弁当を作る。
とはいっても忙しい朝、手のこんだものは作れない。
弁当に入れるのは決まって、昨晩の残りだ。
それでも毎朝作るものがある。
平日の今日、宏はキッチンに立っている。
エプロンをつけ、手を洗い、大小2段の空の弁当箱を並べる。
準備ができたら、まずは一段目にお米をつめる。そのうえにふりかけを振って、粗熱をとるため放置する。
次に、二段目の半分には、昨晩の筑前煮の残りを詰める。
区分けするためにレタスのちぎったものを入れると、その横にレンジでチンするだけでできるチキンナゲットを入れる。これもきちんと粗熱をとったやつだ。
そしたらフライパンに油をしき、弱火で卵焼きを作る。ていねいに、くるくると巻いていく。この工程が、宏は一番好きだ。ていねいに、ていねいに、菜箸にのる卵焼きの重みが段々と重くなってくるのを感じながら、巻いていく。余裕のある日には、刻んだほうれん草を入れたりもする。おいしそうな黄金色に仕上がったら出来上がりだ。
卵焼きを皿の上にうつし粗熱をとっている間に、空いたフライパンにウインナーを投入する。足が広がるように切れ目を入れた、お手製のたこさんウインナーだ。フライパンの上でころころ転がして、これも茶色い焼き色がついたら出来上がり。皿に移して粗熱をとる。
粗熱のとれた具材をきれいに弁当箱に詰める。この作業も、宏は気に入っている。いかに美しくおいしく見せるかが勝負だ。
最後に、うさぎ型に切ったりんごを一つ添えて出来上がりだ。
完成したら、写真を一枚とる。ツイッターにアップするのだ。「ハッシュタグ・弁当」と忘れずにつけて。
「おはよう。今日もおつかれさま、いつもありがとう」
朝7時になると、妻の花は毎朝そう言いながら起きてくる。
「いいよ、好きでやってるんだから」
宏はそう言いながらも、少し照れて答える。
「おはよう、お父さんのお弁当、おいしいから好きなんだよね」
二人の子供たちも起きて、毎日のようにほめてくれる。
宏にとっては何物にも代えがたい瞬間である。
宏は料理が好きだ。
単純に趣味として料理が好きだ。
食材に触れているとわくわくしてくる。料理をしているといきいきしてくる。それは決して「男の」料理だからではない。そんな見栄ではないのだ。
ただ単純に、一つの生きる命として、生きている一人の人間として、料理が好きなのである。
そして、結果として喜んでくれる家族がいること、そのことが宏にはこの上ない幸福に思えるのである。
いいなと思ったら応援しよう!
![艸香 日月(くさか はる)](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/6940725/profile_8cd633729d141963279ae045ba4a018f.jpg?width=600&crop=1:1,smart)