戀時雨つれづれに 台本未完(もったいないので出す)
【注意】
これは日下が猪芝さんとお遊びするために書いていたけれど、GGの企画やら私用やらがあって、そのまま時がたってしまい。。。な感じの執筆が中途半端なやつです。もったいないのでここに置いておこうかと。
いやあ、自分のキャラを先に当ててしまうと、そんな女性自分に演技できる? って懐疑的になってしまって、いけませんねえ。
いつ君のように見切り発車したらなにか違ったかもですが、こっちはキャラが多いので。。。
『』モノローグ
〇街中
雨が降る街を、砕鬼(くだき)は屋根上から眺めていた。
不思議なことに彼の周りには雨が寄り付かない。雨が彼を嫌うように避けていく。
屋下に見えるのは赤傘を差しながら下校する二人の女学生。
うちの一人の多喜(たき)をじっと見ている。
SE 雨音
砕鬼:『雨が鳴ると思い出す。彼女に初めて出会った日のことを。あの日は身に降り注ぐ雨粒が俺の命を消し潰すのだと信じて疑わなかった』
浅見:《疲れと面倒くささ》屋根に上って、雨に濡れてまでするのが女学生の監視ですか
砕鬼:黙っていろ。……あの娘だ
呉野(くれの)財閥の令嬢、呉野るり緒が悔しそうに傘を握りしめた。
今日は多喜に弓術を見せてもらえる約束を取り付けていたが、雨で流れてしまった。
るり緒:今日は雨で叶いませんでしたが、明日は絶対ですわよ
多喜:るり緒さんに披露するほどの腕前は持ち合わせていませんが
るり緒:いいえ、お約束しましたでしょう。多喜さんの弓道の腕前、必ずや見させていただきます
多喜:見せしても倶楽部には入りませんよ
るり緒:まあつれないお方。助っ人でもよろしいのに
多喜:御冗談を
るり緒:いつか頷いてもらいたいものですわ。では私はあちらですので
多喜:はい。お気をつけて
るり緒:ええ、また明日。ごきげんよう
るり緒が去っていく背中が見えなくなるまで見て、多喜は歩き出す。
砕鬼の隣で様子を見ていたずぶぬれの浅見(あざみ)が寒そうにくしゃみをする。
浅見:うえっくしゅ! ううう。寒ぃ。白炎(はくえん)さまぁ
砕鬼:まだだ。夜まで待て
浅見:人の子を浚うのに昼夜が関係ありますかねえ。現夢(げんむ)に入っちまえば、おいらたちの天下でしょう? へ、っへ、へっくしょい!
砕鬼:あやかし狩りに気取られては面倒だ。多喜は白衣(びゃくえ)家に縁深い娘と言っただろう
浅見:でもあの娘からはまーったく神力(じんりょく)を感じませんよ。かっさらったところで追手(おいて)がつくとは
砕鬼:追手がつかぬなら、それに越したことがない。いいか、夜に連れてこい
浅見:今かっさらっちまえばいいのに。《砕鬼に見据えられる》あー、ウソ、嘘ですよぉ! 多喜さまの通い路が作れて、浅見、嬉し~
砕鬼:……しくじるなよ
浅見:はあい。白炎さまも炎談(えんだん)会合、頑張ってください
砕鬼:あんなもの、憂鬱なだけだ
砕鬼が去る。
浅見は多喜の後を追いながら不思議に思う。砕鬼ほどのあやかしが、ただの人に執着する理由がわからない。
神力を持つ人間を食らえば、あやかしは力をつけるが、多喜には神力がほとんどない。
浅見:尾野宮(おのみや)多喜。聖炎(せいえん)女学院二年。ただの人間、だよなあ。なんで白炎さまが気にするんだか。旨いとか? じゅるり。……っていけね、味見なんかしたら消し炭にされちまう
音 フェードアウト
〇タイトルコール
砕鬼:オリジナルボイスドラマ、恋時雨(こいしぐれ)つれづれに。第1話 現夢の通い路
〇尾野宮家
玄関戸を開いて多喜が家に入ると、伯母の碧子が出迎えてくれる。
多喜:ただいま帰りました
碧子:まあまあ、お帰りなさい。多喜さん、学校はどうでした?
多喜:変わりありません。碧子(あおこ)伯母さまこそ、お体は平気ですか
碧子:梅雨の時期だから少し重いけれど、若い子には負けませんよ。そうだ。翠子(みどりこ)から電話があってね
多喜:母さまから。あやかし狩りでなにか?
碧子:今度、新しい頭首さまが決まるんですって。この頃、狩り子(かりこ)が襲われていたでしょう? ついに死人がでたらしくて
多喜:《少し寂し気に》そうですか
碧子:多喜さんも神力がなくなりさえしなかったら、頭首候補だったのに
多喜:いいえ、伯母さま。多喜は争いたくないのです。どうにか言葉で交渉を
碧子:《諭すように》多喜さん。あやかしは道理が通じない相手です。話し合いだなんて
多喜:ですが! 会話をしてくれたあやかしは、いました
碧子:でもそのあやかしとは、もうずっと会えていないのでしょう? 特殊なあやかしが一体いても、他が違っては。貴女は会話をするためだけに多くの命を差し出すの?
多喜:っ、――伯母さまも、母さま同じ考えですか?
碧子:翠子はちょっと過激だけれど。世を乱すあやかしは覆滅(ふくめつ)すべし。それが白衣家の教えですから
多喜:でしたらもはや白衣の者でない私は、他の方法をとっても良いはずです!
碧子:《強い言葉に驚いて》多喜さん
多喜:すみません。伯母さま。伯母さまの気持ちを汲めず
碧子:夫のことは、不運な事故だったのよ
多喜:……着替えてきます
階段を上る多喜を伯母は見上げる。
夫をあやかしに殺された碧子としては多喜の言葉に頷いてあげられない。
碧子は白衣家の出で、多喜の母、翠子の姉。夫に嫁ぎ姓を尾野宮とした。
多喜は神力を失ったのち、白衣家を追放され、碧子の子供としている。
〇多喜の部屋
部屋の扉を閉めて戸を背中にしゃがみこむ
多喜:《後悔》はあ。伯母さまにあたるなんて、最低です
〇過去のシーン
砕鬼:(歌)通りゃんせ 通りゃんせ ここはどこの 細通じゃ
多喜:(歌)天神さまの 細道じゃ ちっと通して 下しゃんせ
SE 刃物が刺さる
〇多喜邸 外の屋根
ずっと待っていた浅見は鼻を垂らしながらくしゃみをする。
浅見:へえっくしょい! ううう。氷雨(ひさめ)がおいらにゃ冷てえや。もう夜だよな。よぉし、通い路通い路、解放~《通い路を多喜の部屋につなぐ準備》。《適当に歌う》こちらにおいで、鬼さんはここ――《真剣な顔で》あ? なんだ、……向こうの方ででっかい神力が……消えた? ※ここで狩り子が死んだ
〇あやかし狩り本部
新之助:これは白衣殿。御足労をおかけして
翠子:新之助(しんのすけ)、前置きはいい。案内を
新之助:っは。死んだのは狩り子の正岡。本部の庭で倒れているのが発見されました
翠子:頭役(とうやく)はなんと
新之助:あやかしの侵入経路を探れと
翠子:あやかし狩り本部にあやかしが乗り込んで狩り子を殺した? 一人目は任務中に殺されたんだったな
新之助:はい。あやかしを捕縛しようとした狩り子が自害に巻き込まれて
翠子:……念のため碧子の様子を見てきてくれ。何事もなければそのまま家に帰るといい
新之助:ご自分でお確かめになればよいでしょうに
翠子:ふん。あの子は私になど、会いたくないだろう。正岡の様子を見てくる
〇尾野宮家
夕食後
多喜:ごちそうさまでした。伯母さまのお味噌汁、美味しかったです
碧子:よかったわ。多喜さんのサバの味噌煮も私、好きよ
多喜:ではまた今度作りますね
碧子:まあ嬉しい。お茶を淹れるわね
多喜:いえ、部屋で宿題をしてきますので
碧子:そう。じゃあ洗い物をしておこうかしら。《電話が鳴る》あら、はいはい。はい尾野宮です
多喜が部屋に戻り、扉を開ける。
浅見:うーーん? あの気配。あやかし狩りが死んだんだよな。なんで――《多喜を見て慌てる》うわああ、やっばい! 多喜さまが部屋に戻っちまう。帳よ落ちろ。夜の通い路を開け。現夢へ!
多喜:今日は国語を先に片付けて――え?
多喜の部屋に準備した通い路が開き、多喜を飲み込んで閉じる。
電話では碧子が楽しそうに話している。
碧子:新之助さんったら。なにもないですよ。ええ? 来るって。今から? 心配性ですねえ。《呼びかけ》多喜さん、新之助さんがこれから来られるそうですよ。《反応がないのでもう一度呼ぶ》多喜さん? 《新之助への受け答え》ああ、いえ、返事がなくて
〇現夢の狭間
>BGM 通い路
暗い通い路に来た多喜は、あたりの様子が変わったことに気づいていた。
多喜:ここ、は? 部屋に入ったはずなのに。……この暗がり《あやかしの路に入ったことを知って青ざめる》人が作る路ではない。あやかしの術!?
後ろから浅見が出てくる。
浅見:そうですとも! ここはあやかしの都(みやこ)、現夢への通い路。ようこそ尾野宮多喜さま――あんりゃ?
しゃべっている途中で逃げる多喜。
浅見:ちょいと、喋ってる途中で逃げるとか、よくないですよ。待ちなって。独りじゃ危ねぇ
多喜:『どうしてあやかしの路に。はやく部屋に戻らなくては』《走る呼吸音》
>BGM FD
>BGM あやかし界
〇現夢 神社 夜店市
暗がりを抜けると夜店が並ぶ通りに出る。
皆あやかしであるが、屋台の呼び声は人のものと変わらない。
多喜:『暗がりから抜け出ると、そこは屋台が並ぶ境内の夜店でした。違うのは、屋台主があやかしであること』
一人のあやかしとぶつかる。
多喜:どうして、こんな。あ! すみません
微沙羅:ちょいとあんた、なにしてくれんのさ
多喜:申し訳ないです。前を見ていなくて
微沙羅:きちんと前ぐらい見て……クンクン。あんた、人間だね?
多喜:っ! 離してください
微沙羅:《気色ばむ》人間が現夢に迷い込むなんて。ああ神力が少ない。でもせっかくだ。食ってやろう
多喜:いや、離して!
>SE 鈴
砕鬼:ちょいと待ちなよ、そこの
鈴が鳴ったかと思えば砕鬼があやかしの手を取り、多喜との間に割り込んでいる。
微沙羅:《不機嫌》なんだいあんた
砕鬼:なに、通りすがりのあやかしさ。その人間、おまえのかい
微沙羅:今からあたしのモンになるよ
砕鬼:悪食だね。おまえのように綺麗なあやかしの口には馴染まない。そうだろう?
微沙羅:《照れ》綺麗って。よしとくれよ。あんたこそ顔立ちがいいじゃないか。そうか。わかったよ、人間を分けてほしいんだろう
多喜:『食べられるだなんて、冗談じゃありません』離してください! ――痛っ
微沙羅:黙りな!
微沙羅が掴んでいる多喜の腕の骨を砕こうとする。
それより速く砕鬼が多喜の腕をとる。
砕鬼:黙るのはおまえだ。鬼火よ、いけ
微沙羅:え? 《顔が焼ける》ぎゃあああ! 熱い、熱い。顔が燃える!
砕鬼:ほら走って
多喜:え? あの――あ
砕鬼:行くよ
>SE 走る
多喜の手を取って走り出す砕鬼。
怒ったあやかしが叫ぶが、追いかけてはこない。
微沙羅:くそ!! 泥棒! ちくしょう! あたいの餌を横取りしやがって!
砕鬼:あはははは。追いかけてごらんよ。捕まらないから
多喜:待ってください。待って。靴がないからうまく走れな――
砕鬼:そう。じゃあ飛ぼう。俺を掴んで
多喜:飛ぶってどこに――っぃ『手を取って走り出したあやかしは夜店の間を駆け抜けると私を引き寄せて、石階段を下に向かって飛び跳ねて』
砕鬼:白炎よ――。(宙を跳躍)っと、っほ
踵に炎を灯して空を何度か跳躍すると、かこん、と音を立てて石階段おり、砕鬼は多喜を手放す。
>SE 宙を跳ねる音 複数
>SE 石畳に着地
砕鬼:うん、到着。久しぶりだったが上手くできたな
多喜は高所から降りたことで震えて砕鬼の服を強くつかむ。
多喜:《恐怖》い、いま。階段の天辺から落ちて
砕鬼:楽しかっただろう、空を跳ねると気分がいい。……大丈夫。そんなにしがみつかなくても、もう空じゃない。それとも、もっと近くに寄ろうか?
多喜:え? あ、いえ。すみません。離れます
砕鬼:そう、残念だ
多喜:ええっと。『助けてくれたのは白い髪を腰まで伸ばした綺麗な女性のあやかし。赤い目を楽しそうに光らせて、物珍し気にこちらを覗き込んでいる』
砕鬼:おまえ、どうして一人でいたの。迷子?
多喜:……
砕鬼:黙り込まないで。無視をしないで。俺と話をしておくれ
多喜:迷子じゃありません。連れてこられて――『はやく通い路を開いたあやかしを見つけて、元の場所に戻らなくては』
砕鬼:まただんまりか。意地悪だな。話をしよう。いやか? 食ったりしないし傷つけもしない。させない。約束しよう
多喜:あなたは誰です。どうして私を
砕鬼:俺は砕鬼。蛇と鬼の混血。人間に興味がある善良なあやかしだ
多喜:砕鬼、さん?
砕鬼:……うん、なんだい
多喜:私、帰りますので
砕鬼:帰り方を知っている? 連れてこられたと言わなかった?
多喜:……
砕鬼:多喜、そんな顔をしないでほしい。大丈夫だから
多喜:どうして名前を
砕鬼から距離を取る多喜。
砕鬼:待て。俺はおまえを傷つけない。逃げるな
多喜:近づかないでください
砕鬼:お願いだ。俺を怖がらないで
雨がぽつりぽつりと降り始め、次第に激しくなっていく。
>SE 雨
砕鬼:おいで。俺は宿屋の主なんだ。おまえに雨を凌ぐ部屋を用意する
多喜:『砕鬼さんの声は歌うように綺麗で、どこか悲しそうで。けれど私は』ごめんなさい! 行けません
走って逃げる多喜。
追いかけない砕鬼の横に、ぬるりと浅見が出てくる。
>SE ぬるっと出てくる
浅見:あーららー、振られましたね
砕鬼:《殺気》縊り殺されたいか、浅見
浅見:ほんとのこと言っただけなのにっ! はいはい、追いかけますよ。お宿に連れて行きゃいいんですね
砕鬼:次は見失うな。他のあやかしに触れさせるな。二度目の失敗はないと思え
浅見:《肝が冷える》……承知しました
砕鬼:怖がらせないで連れてこい
砕鬼は傘をさして去る。
>SE 足音
浅見:あっちゃー。拒絶されたことめっちゃ落ち込んでる。さっさと連れてかなきゃ
走っていた多喜だが、当てもない逃走は無駄だと止まる。
>SE 走る
多喜:はぁ、はぁ……とにかく、元の世界に戻らなくては。伯母さまにも迷惑が掛かってしまう。……ここは、大きなお屋敷。? 声が聞こえる。塀の向こうから
屋敷の中で、館の主である双華がるり緒を捕らえていた。
るり緒は暴れている。
>BGM 夜半の月1
るり緒:お放し! この、私を誰だと思っていますの。私は呉野るり緒。呉野財閥の娘ですわよ。無礼でしょう。手をお放し下郎!
双華:《楽しんでいる》下郎。初めて呼ばれました。ふふふ、新鮮な響きですね
多喜:『この声は、るり緒先輩! どうしてここに』
るり緒:人の就寝を邪魔して。あなた、私の肌が荒れたら責任とってくださるんでしょうね
双華:いいですよ。望むままにしてあげます。だから大人しくしてください
るり緒:従うとでも思っていますの?
双華:白炎が人を浚ったと聞いたので、ぼくも真似てみようかと
るり緒:はくえん? 誰ですの、それは
多喜:『いけない、助けに行かなくては』。《駆けだそうとする》そこの方、お待ちくださ――ひゃ!?
駆けていきそうな多喜を浅見が止める
浅見:すとーっぷ、とっぷ。なにしてるんすか!
多喜:あなたは誘拐魔! 退いてください、るり緒先輩が
浅見:駄目に決まってんでしょ! 赤炎(せきえん)の屋敷に乗り込むとか、死にたいんですか
多喜:先輩が捕まっているんです!
浅見:あ? 《不機嫌》……っち、あのクソガキ。また白炎さまの真似か。《コロッと優しく》多喜さま、いいですか。あそこにいるクソガキ――じゃなかった、あのあやかしは赤炎双華(そうか)っていって、赤鬼と月光花の倅です。無策で乗り込んだら勝ち目なんざない
多喜:ですが!
浅見:あんた、神力もろくすっぽ持ってないくせに、あやかし相手になにするつもりなんです!
多喜:! ……っ
浅見:あ、いや、責めたかったわけじゃないんすよ。頼むから泣かんでください
多喜:泣いていません
浅見:あいつは危ないって言うか。友人を助けんとする志? は立派なんだろうけど分不相応ってか。せめてあのクソガキをぶっ飛ばせる武器を手に入れてからとか
多喜:武器はどこにあるんです
浅見:あらー、やだヤる気だこの子。白炎さまなら出してくれますよ。あの方ならクソガキと話し合いの場だって取り付けられる。るり緒? でしたっけ。食わずにつれてきたんだ、そうそう危険な目にも遭わないですよ。ね、お宿に行きましょう
多喜:…………わかりました
浅見:よっしゃ! じゃあはぐれないように、おいらの尻尾、掴んでくださいね
多喜:しっぽ?
浅見:これです!
多喜:わあ。ふわふわですね
浅見:あざっす。自慢の尻尾なんで。触らせるのは特別なんすよ
多喜:では触らずに行きます。案内してください
浅見:な、に。おいらの尻尾の魅力に屈しない、だと……。ああ、多喜さまー。勝手に行っちゃだめですってー。迷子になりますよー
〇タイトルコール
多喜:オリジナルボイスドラマ 恋時雨、つれづれに 第二話 嗤うあやかし
〇あやかし宿 鳳来境(ほうらいきょう)
砕鬼は帰りが遅い浅見に苛立ち、机をトントンと指で叩いている。
番処の緋扇(ひおう)は苦笑している。
>SE いろんな雑音
>SE 机を叩く音
>SE センスを閉じるなりする音
砕鬼:遅い
緋扇:急かす男は嫌われますえ。旦那はん
砕鬼:俺は嫌われていない。怖がられただけだ
緋扇:同じやないですの。旦那はんに死なれたらこのお宿、たちゆきまへんで。身寄りのないあやかしらが、ようやっと安らげる場所やのに
砕鬼:低級が勝手に居つくだけだろう
緋扇:追い出さんっちゅうことは、いてええってことですな
砕鬼:曲解がすぎる
緋扇:まあまあ、そうカッカせんと。温泉にでも浸こーてきなはれ。リラックスやで、りらーっくす
砕鬼:……
緋扇:そんな恐ろしゅう顔してたらお客はん、逃げますえ
砕鬼:行ってくる
>SE 足音
砕鬼は温泉に行く。
緋扇:やーっと退いた。受付で仰々しい顔しとったらお客はんビビるゆーに
浅見が帰ってくる。
>SE 足音
浅見:ひやー。鬱陶しい雨だ。おー、緋扇、今日も今日とて愛想笑いが光るな
緋扇:浅見。お帰りやで。……お客はんは?
浅見:いやあ、雨のなか帰ってきたろ? 玄関入ったら、おなごを冷やしてこの屑狐がって、盆丸(ぼんまる)にどつかれてな。多喜さま連れてかれた
緋扇:屑狐はホンマのことやけど
浅見:おいこら!
緋扇:連れてかれたて。どこにや
浅見:冷えてんだから温泉じゃね?
緋扇:あああああ、あかん! あかんあかんあかん!!
浅見:ど、どうしたよ
緋扇:わしはまだ、人間との不純異性交遊は認めとらん!! 旦那はーん、その入浴お待ちなすってー!!
>SE 走る
緋扇が走り、浅見は( ゚д゚)としている。
浅見:不純異性交遊って、白炎さまはガキって歳じゃないだろ。まあ多喜さまは――。っは、待てよ。見知らぬ男に玉の肌を見られたとあっちゃあ好感度は地べたを舐めるどこじゃすまねぇ。やばいやばいやばいぜ! 多喜さまー、その入浴、ちょいと待ちなー!
>SE 走る
浅見も走っていく。
〇温泉の脱衣所
>BGM お地蔵様の
盆丸:ここが湯殿でございます。着替えはこちらをどうぞ
多喜:ありがとうございます。ですが私は
盆丸:いけません。体が冷えております。入浴なさいまし、人の娘。他のあやかしは近づけませぬ故
多喜:盆丸さん。は、くしゅん!
盆丸:ほらお早く。あたしはこれで
盆丸が下がる。
迷っていたが寒さに耐えられず、多喜は服を脱ぎだす。
多喜:行ってしまいました。立派なお宿ですね。鳳来境と言っていました。はやく武器を手に入れて、るり緒先輩を助けに行かなくては――は、は、くしゅん! うう、大人しく、風呂に入るべきですか
扉を開いて風呂に入る。
>SE 扉を開く 引き戸
>SE 湯につかる
多喜:はあ、あたたかい。石風呂というのですよね。小さな頃は母さまや父さまと旅行にいって。空には星が瞬いて、……?
湯煙の向こうに人の気配がする。
砕鬼:誰かいるのか
多喜:! 『盆丸さんは誰も入っていないと言ったのに。上がるべきでしょうか、けれど』
砕鬼:誰かいるのかと聞いたんだ。答えろ。俺の言葉を無視するとはよほどの阿呆か間抜け――多喜?
砕鬼が岩陰から顔を見せる
多喜:砕鬼さん? あの、お願いがあるんです
砕鬼を女性だと思っている多喜は近づいていくが、砕鬼は下がり岩陰に身を隠す。
砕鬼:待て! おまえ、どうして風呂に。いや、待つんだ。近づいてはいけない。いい子だから、そのまま後ろを向いて
多喜:私の先輩があやかしに連れていかれてしまって。砕鬼さんなら武器を持っていると。図々しい願いだと分かっています。ですが、どうか私に武器を貸してください! なぜ岩陰から出てきてくださらないのです
砕鬼:俺はおなごの格好をしておまえに会った。この見てくれも、女のそれと見まがうだろう。だがな多喜、俺は男だ
多喜:……え? おとこ
砕鬼:そうだ。露天風呂は混浴でね
自分のしたことが恥ずかしくなる多喜。
多喜:《羞恥》え、え、あの、あの
砕鬼:少しの間、俺が上がるまで大人しくしておいで。盆丸をよこすから、それから出てくるんだ
多喜:そんな、私――ごめんなさい。とんだ恥知らずを
砕鬼:いや、気にする必要は――やめよう。おまえをのぼせ上らせるのは本位でもない。話はあとで聞くから
多喜:すみません
砕鬼:……温まっておいで
砕鬼が温泉を出ていく。
遠くで浅見の悲鳴が聞こえる。
浅見:うわあああ?! おいらのせいじゃないですよ、盆丸が勝手に、ふぎゃー!!!
お湯につかって真っ赤な多喜は反省する。
多喜:私、なんてふしだらなことを。ど、ど、どうしたら
〇部屋
宴会の料理が並べられた部屋には砕鬼、緋扇、多喜、盆丸、焦げている浅見がいる。
>SE 戸が閉まる
砕鬼:なるほど。双華が多喜の友人を現夢に
緋扇:赤炎はんは、旦那はんに憧れとりますからなぁ
盆丸:さあ白炎さま、一献
砕鬼:ああ
>SE 徳利に注ぐ
盆丸:多喜さまも、ささ
砕鬼:多喜は酒を飲む歳じゃない。下げろ盆
盆丸:それはまあ、残念でございます
多喜:ありがとうございます、盆丸さん。お茶も美味しいです
盆丸:それはよおございました! こちらのきんぴらも、ささどうぞ
浅見:盆丸、おいらにも酒をくれ
盆丸:糞狐は手酌をおし
浅見:酷でぇ。おまえの代わりに殴られたんだぞ
緋扇:赤炎はんから人間を浚うとなると、ちと厄介ですなあ
多喜:双華さんが砕鬼さんの真似しているなら、私が人間界に帰れば、るり緒先輩も解放されるのでは
砕鬼:残念ながら、おまえを帰す気はない
多喜:どうしてです
砕鬼:帰りたいのか?
多喜:当然です
砕鬼:帰ってなにをする
多喜:それは
浅見:《盆丸に向かって小声で》なあ、なんか白炎さま、機嫌悪くないか?
盆丸:《浅見を無視》多喜さま、双華さまは、あやかし五炎(ごえん)のうちの一人です。赤炎さまとお呼びくださいまし
多喜:え、あ、はい。では砕鬼さんのことも白炎さまと
砕鬼:俺は砕鬼でいいよ
多喜:ですが
緋扇:本人がええゆうてますんやから、気にしたあきまへん
浅見:そもそも、なんで白炎さまは多喜さまをここに連れてきたんです
砕鬼:……
盆丸:家から引き離すのですから。せめて理由をお教えしなくては。逃げられてしますよ
砕鬼:《溜息》人間界ではこの頃、狩り子が襲われている
盆丸:あやかり狩りの中で序列争いでも起きたのでございましょうか
砕鬼:わからないな。最初に殺されたのは上級だが次は下っ端という話だ
多喜:あれは、あやかしの所為ではないのですか?
砕鬼:いいや、人間の仕業だ
多喜:《むっとして》その証拠がどこにあるんです
砕鬼:ではあやかしが犯人である証拠がどこに?
多喜:それは
浅見:あーあー。こーれだから人間は。都合が悪いことは全部おいらたちの所為にする
多喜:! そう、ですよね。内情も知らないのに。すみません
緋扇:犯人があやかしであれ人間であれ、多喜さまは神力を多く持ってませんやろ。狙われる危険なんてありますん?
砕鬼:あるよ。力が戻れば多喜の存在は厄介になるから
多喜:力が戻るって……どうして失ったことを知ってるんです。《砕鬼の顔を見て》砕鬼さんと私は、会ったことがあるんでしょうか? 私の名前を知っていましたよね
砕鬼:おまえはしばらくの間ここで身を隠していさえすれば
多喜:答えてください。私は貴方に会ったことがあるんですか?
砕鬼:……ああ。あるよ
多喜:どこで、いつ
砕鬼:さあ。今日はもう遅い。赤炎には会う約束を取り付けてやるから。おまえはこの部屋でお休み
多喜:待ってください、砕鬼さん、まだ話を
砕鬼:お前たち。行くよ
浅見:はあい。じゃあ多喜さま、よい夢を
緋扇:お宿内でしたら、好きに散策して構いませんので
盆丸:御用の際は、盆を呼びつけてくださいましね
多喜:待ってください! 待って
>SE 戸が閉まる
>SE 歩く
砕鬼:盆、多喜の傍から離れるな
盆丸:御意に
盆丸が頭を下げて列から離れる。
廊下を歩きながら会話。
緋扇:そいで、どないして赤炎はんに約束を取り付けるおつもりで?
砕鬼:人間を見せあおうとでも言えば乗ってくる
浅見:多喜さまを見世物にするんですか?
砕鬼:ふざけるな。適当な人間を見繕ってこい
緋扇:御意に
浅見:白炎さまあ。そのお顔、多喜さまに見せちゃだめですからね
砕鬼:っはは、見せられるわけがない。こんな俺を
〇双華の屋敷
ソファーに座って菓子を食べているるり緒。
それをニコニコとみている双華。
るり緒:多喜さんを連れさらった鬼がいて、その鬼の真似事をしたいから多喜さんの友人である私をさらったと
双華:その通りです
るり緒:あなた、自己性というものがありませんの? 他者の真似事をしてなにが面白いのです
双華:白炎は面白いことをよくしてくれます。彼の真似をすれば面白いはずです。人間の貴方にあやかし界は不便でしょうが
るり緒:私の兄はあやかし狩りです。貴方たちなど、すぐ退治されますわ
双華:それはそれは、怖いですね
るり緒:はあ。ニコニコと、能面のようなお顔ですわね
双華:笑顔はお嫌いですか?
るり緒:貴方の顔は好きません
双華:では違う顔にしましょう
るり緒:なにを言っていますの
双華:女でも男でも、好きな名を教えてください。被ってきますから
るり緒:……結構ですわ。顔は一つ。貴方の顔に違うものが張り付いたところで気持ち悪いだけですわ
双華:そうですか。難しいですね
るり緒:難しくありませんわよ。はあ、お兄さま、早くきてくださらないかしら
襖があき、砕鬼が入ってくる。
砕鬼:邪魔するよ
双華:白炎! 久しぶりですね。元気にしていましたか? ぼくも人間を手に入れたんです。あなたとお揃いですよ
砕鬼:俺と揃い、ね
双華:あなたの人間はどちらに?
砕鬼:庭に転がした
双華:ふうん。じゃあ、おまえも庭に転がして
砕鬼:なあ双華、喉が渇いた
双華:! では茶を淹れましょう。おい、おい、誰かいませんか
砕鬼:おまえが淹れた茶が飲みたい
双華:え? いいですよ。もちろん。では、少し待っていてください。帰らないでくださいね?
双華が出ていく。
るり緒:あなた、そこになおりなさい
砕鬼:なんだと
るり緒:多喜さんを浚った挙句、庭に転がしたですって? 顔を出しなさい、躾けてあげますわ
砕鬼:ほお。威勢の良い。おまえが多喜の友人か
るり緒:お黙り! よくも私の学友を!
るり緒が叩こうとするが砕鬼は避ける。
砕鬼:おっと。あやかしに不用意に触れるんじゃない。多喜は無事だ
るり緒:? では庭に転がしたのは
砕鬼:違う人間さ
るり緒:……人をなんだと思っているのです
砕鬼:ならばそちらは? あやかしをなんだと思ってる。害虫じゃないんだ。生きている
るり緒:おまえたちは悪さをするから間引かれるのです
砕鬼:ははは、違いない。多喜がおまえを気にしている。死ぬな
るり緒:勝手なことをおっしゃるのね。今に見ていなさい。お兄さまがおまえたちを滅しますわ
砕鬼:怖いなあ。兄の名は?
るり緒:教える必要がありまして?
砕鬼:そこらで殺された人間に同じ名があれば教えに来てやるよ
るり緒:! 下種が
双華が帰ってくる。
双華:白炎、お茶ですよ。今日はなにをして遊びましょうか。せっかく人間を手に入れたんですから、やっぱり
微沙羅:赤炎さま、赤炎さま!
慌てた様子で微沙羅が部屋前に膝をつく。
双華:なんです、騒々しい。今日は誰も通すなと言ったはずでしょう。ぼくの言いつけが守れないのならバラして
微沙羅:屋敷に侵入者です!
双華:……門兵はなにをしていたんです?
微沙羅:わかりゃしません。刀で滅多切りにされて。ってあんた、この間、あたしの餌を横取りした
砕鬼:っち。勘違いだ。初めましてかな
微沙羅:いいや。絶対に間違いないよ。この微沙羅の鼻をごまかすなんてできないんだからね
双華:微沙羅、ぼくの許しもなく白炎に会ったんですか?
微沙羅:縁日で偶然。聞いてくださいよ、赤炎さま。こいつ、あたしが捕まえた人間の女を横取りしたんです!
双華:人間の、女? 庭に転がっているのは男ですが
砕鬼:微沙羅、おまえの見間違いだ。あれは男だった
微沙羅:いいや違わないね。スカート履く男がどこにいるんだい
砕鬼:俺は履くぞ? 似合うからな
双華:たしかに。白炎の女装は美しい
るり緒:あなた方、悠長に会話していますけれど、侵入者がいるのではなくて?
双華:そうでした。会話が楽しくてつい。じゃあぼくは侵入者を殺してきます
砕鬼:そうか。では俺はお暇しよう。るり緒、これを持っておけ
るり緒:なんですの、これ
砕鬼:守り袋だ。一度だけ効果がある。あやかしに触れるんじゃない。しわくちゃの婆になりたくないならな
るり緒:多喜さんをどうするつもりです
砕鬼:さあて、どうするかね
〇尾野宮家
消えた多喜を探してあやかし狩りたちは集まっていた。
翠子は冷静に見えるが内心動揺している。新之助も妹が咲夜から失踪しており心穏やかではない。さらに焦燥しているのが碧子。
翠子:多喜が消えたというのはどういうことだ、碧子
碧子:ああ、ごめんなさい翠子。夕食後に宿題をすると言って多喜さんが部屋に戻って、それっきり姿が見えないの。靴があるから家を出たとも思えないし
翠子:新之助、なにか見えるか
あやかしの痕跡を見れる新之助は部屋の中を見回るが、首を振った。
新之助:いえ。ですが昨日の時点では微かに、あやかしの香りが残っていました。多喜殿はあやかしに連れ去られたものと思われます。同一犯かわかりませんが、俺の妹、るり緒の姿も昨夜から見えません
翠子:あやかし狩りを身内に持つ者が連れ去られている、ということか。新之助、おまえは妹と多喜を探せ。私は狩り子を殺した者を追う
新之助:了解しました
碧子:翠子、私もなにか手伝えないかしら。本部で皆さんのお世話とか
翠子:家にいろ。顔色が悪い。休むべきだ
碧子:お願い。なにもしていないでいるのは辛いの
翠子:そうか。ならば本部へ
碧子:ええ。ありがとう
新之助:待っていろ、るり緒。すぐに迎えに行ってやるからな。多喜殿も、どうかご無事で
翠子:頼むぞ。無事に連れ帰れたら、あの娘(こ)をお前の許嫁にしてやろう
新之助:《悦び・照れ・焦り》な!? なにを仰るのです、翠子殿。俺は純粋に多喜殿をお救いしたいと思うだけで! 彼女はるり緒の友人でもありますし
翠子:次期当主候補のお前が傍にあれば、あれにとって悪くないと思ったが
新之助:ん゛ん!! ごほん。そういうことはまず、ご本人に了承を得てからです
翠子:私は家が決めた相手と結婚したから、よくわからないが。……碧子は恋愛結婚だったな。相手の了承は必要か?
碧子:いるわよ。いきなりこの人と結婚しろって言われても、できないでしょう?
翠子:したぞ。子も産んだ
碧子:でもあなた、きちんと愛せなくて手放してしまったじゃない
翠子:……そうだったな
新之助:あ、あの! 必ず多喜殿を見つけ出してみせますから
翠子:ああ。頼んだ
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