韓国ワーホリ生活 15
J-STATIONを往復する日々が続いた。チャ先生が日本にいた頃の友達が時々来た。みんな感じよくて可愛い女の子だった。
ハスクの大家さんのおじさんはアル中で、時々昼間からゾンビみたいに泥酔してふらふらして歩いていた。奥さんに、鍵を閉められるらしく、夜に、部屋のドアをドンドン叩き続ける音が聞こえた。普段は帆の静かな小柄なおじさんなのだが。
夜には、テレビで映画がやっていて、時々みていた。印象に残ったのは、日本映画の完全なる飼育と、チェコ映画のひなぎくだった。気になる映画が多かった。
たまには、出かけようと思って、ドボンサンへ登ろうと思った。教室にあった地球の歩き方に掲載されていた。日帰りで登るのに丁度いいとの事だったので。
朝から、少しJ-STATIONに顔を出してから、ドボンサン駅に向かった。途中から、登山の格好をしたお年寄りが乗り込んできた。
ドボンサン駅で降りて、お年寄りに紛れて、そのまま一緒の方向へ向かった。食べ物を売っている店、露店が沢山あった。登山ブランドの店も多かった。
そして歩いて登り始めた。散歩感覚でゆっくり歩いた。歩いて行ける位の頂上に着いた。そこそこ疲れた。若い女性二人が花札をしているのを見て大したもんだなあと思った。普段は登山しないので、新鮮な感覚だった。向こうに見える岩肌の頂上まで行ってみようという欲が出た。
そうしてそこから登っていくうちに人が少なくなって行った。登山道を確認して上ったわけでは無いので、大体の岩肌の方へと道のある所を登って行った。ほとんど人がいなくなって、大丈夫かと思った。途中、簡単な手すりのある幅の狭い道を通った時は怖かった。手すりの向こうは崖だった。
ほとんど人がいなくなってきた。大きい声で歌を歌いながら登っている人とすれ違って、負けてられるかと思った。僕は底のつるつるになったニューバランスのスニーカーで、斜めがけ鞄をさげていたので不利だった。
そうして、ほとんど人を見なくなった位の所で、斜めの岩に一本のロープがかけてあるのを登り切って、思っていた辺りの頂上についた。達成感が少しあった。でも、まだまだ見渡すと高いところはあった。
一番強かった気持ちは、何で俺こんなにがんばってるんだろう?だった。
頂上で、岩の上に寝転がって、少しばかり登頂を堪能した。
そうだ、まだ降りなければいけないんだ。
そこからは、登りとは全く違う道をひたすら降りた。
膝ががくがくし始めていたが、薄暗くなり始めていたし、降りると余計に暗くなるので、無心にひたすら降りた。
1時間位で降りて、見覚えのある辺りに降りてこれて、たらたらと電車に乗って帰った。
くたびれた。
そうして無事に帰れた。帰るのが普通なんだけど。
先生が、週末に何か人を集めるような事をしろというので、金曜の夜に日本人と韓国人で集まる会をする事にした。僕はTMネットワークを中学の時から好きだったので、集まりの名前を、金曜日のライオンとした。
そして、金曜日が来る度に、生徒や生徒の友達、初めて来る人等集まって、大抵10人前後で飲み屋に行った。そうして僕は酔っぱらってしまうのだった。
生徒の中には酒を飲まない人もいて、飲まないでやろうという日が一日だけあって、その時は、ミンドゥルレヨントっていう個室もあるカフェ?に行って、お喋りした。窓から街が眺められたなーという覚えがある。
ミンドゥルレはタンポポっていう意味。
その頃には、大山と同じハスクのミカちゃんという年下の女の子とナナさんっていう年上の女性ともなかよくなっていて、金曜日のライオンにも来てくれていた。
その集まりをネットで見て金曜日に急に現れた、ホン・チングク君という男の子がいた。
独学で勉強したというのに、日本語を使いこなしていて、地方訛りや発音について熱心に質問してくる彼には関心した。
あんまりぐいぐい来るので、ホモかと思う程だった。
随分真面目で親切な男だった。
つづく。。。
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