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【ショート・ショート】ロッキングチェア

「ついに来おったか」
 妻の様子がおかしいのに気づいたのは、三年前のことだった。
 この病気が、遺伝するのかどうか分からない。妻の母親が認知症だったから気に掛けてはいたのだが、こんなに早く発症するとは思いもよらなかった。

 すっかり症状が進んで子供みたいになった妻が、縁側のロッキングチェアに座っている。
 春先の日差しが心地よいのか、私が揺するリズムに眠りこけている。平穏な寝顔を見ていると、病気だと言うことを忘れてしまう。私は妻に語りかける。
「なあ、覚えてるか、初めて会った時のこと……」


「ママーっ。おじいちゃん、また、廊下のイスとおしゃべりしてるよ」
「おばあちゃんと話しているのよ」
「ふーん。でもおばあちゃん、いないよ」

「ほら、お父さん。こんな所で転た寝うたたねしてると、風邪かぜ引くわよ」
 私は父をベッドに寝かしつける。


 ゆらりゆらり。
 今日も縁側でロッキングチェアが夢とうつつの間を揺れる。

 父は、あの日からずっと思い出の世界に暮らしている。

<了>


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来戸 廉
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