【ショート・ショート】癖 その2
「かあさん、胃薬なかったかな」
藤田は、妻のかおりに尋ねた。
「どうしたの」
「どうも胃の調子がな」
藤田は、このところ胃の辺りに鈍痛を感じていた。
「猛のところで診てもらったら」
「いや、いいよ。それほどじゃないから」
「未だまだ、お父さんには元気でいてもらわなくちゃ。猛の結婚も未だだし……」
「ただの飲み過ぎだよ」
「おとうさんに万が一のことがあったら……」
かおりは、涙ぐんでいる。
「……私、生きていけない……」
「あのなあ」
エプロンで顔を覆い、肩まで震わせる。藤田は呆れ果てた。
「わかったよ、行けばいいんだろ」
顔を上げたかおりは、にっこり微笑んだかと思うと、いそいそと猛に電話しては勝手に検査の日を決めたのだった。
――やられた。
大袈裟なことは止せというのも聞かず、この際徹底的に調べてもらおうと、一日入院しての検査になった。
――やれ、やれ。
藤田は、猛が勤務する大学病院に入院した。
検査を終えて次の日の、午後。
「どうだった」
「まあ、座ってよ」
診察室で、猛がレントゲン写真を示しながら説明するのを、藤田は黙って聞いている。
「胃潰瘍だね。手術すれば、すぐよくなるよ」
「胃潰瘍か……。大山鳴動して鼠一匹ってヤツだな」
「そうだね。母さんは大の心配症だから。でも早めに手を打つに越したことはないからね。手術は二週間後で予約しておくよ」
猛はしばし父を見ていたが、直ぐにカルテに目を落とした。
「お前が、手術するのか」
「多分そうなると思う」
「お前は、ぶきっちょだったからな。大丈夫か。心配だな」
「何かと言えば、またそれだ」
「命、預けるぞ」
「何だよ少しは息子を信用しろって」
と猛が笑う。藤田もつられて笑った。笑いが治まった後、
「お前が、背負ってくれるのか。すまんな」
と藤田は頭を下げた。
「何のことだよ。変なこと言ってないで、早く帰ってやれよ。母さん、心配しながら待ってるよ」
「もう、いいのか」
「ああ。だけど、酒はもう駄目だよ。今日は、俺も寄って行くよ」
「世話になったな」
藤田は、膝を一つ叩いて、席を立った。それを機に、猛は机に向かってカルテに書き込み始めた。藤田は暫く息子の背中を見つめていたが、
「お前は嘘をつくと、鼻の穴が膨らむ。子供の頃から変わらんなあ。かあさんには悟られないように、上手くやってくれ。頼むぞ」
藤田は息子の肩をポンと叩いて、じゃあなと出て行った。
「かなわねぇな、全く」
猛の背中が小刻みに震えた。
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