【ショート・ショート】迷信
「ねえ、子年生まれの人が猫に咬まれるとよくないんですって」
突然、弘子が言い出した。
「変なこと言ってないで、暖かいうちに食べた方がいいよ」
「だって、本当なんだってば。つい先日、その患者さんが亡くなったんだから」
「大方、猫が悪い黴菌でも持ってたんだろうよ」
「いいえ、子年生まれだったからよ」
弘子は断言した。私はうんざりしてナイフとフォークを置いた。
たまのデートの、しかも夜景がきれいなレストランでの食事中に、何でこんな会話になったんだろう。
弘子は看護師である。サラリーマンの私とは休みの日がなかなか合わないため、デートもままならない。月に二、三回も会えれば御の字だ。だからという訳ではないが、もう少しそれらしい話題が他にあるだろうに。
弘子はそれ相応の高等教育を受けている。それなのになぜこんな非合理的な思考をするのか、私には理解できない。職場柄、人の生死に関わる機会が多いせいだろうか、やたらと迷信深い。
「じゃあ、何か。申年生まれの人と戌年生まれの人は仲が悪いとでも言うのか」
「あっ、私の言ったこと馬鹿にしてる」
弘子は少しむっとしたようだ。私は畳みかけた。
「こんなのもあるぞ。辰年の人が言うことには逆らうな」
「何よ、それ」
「長い物には巻かれろってことさ」
弘子は呆れた顔で私を見つめる。
「くだらない」
「言い出したのは、おまえの方だぞ」
「おまえって言わないで。はい、この話は、もうお終い」
やれやれ。弘子は、『もうお終い』で全て締める。いつもこんな調子だ。仕事柄、人の扱いが上手い。いつも私は簡単にあしらわれてしまう。私も慣れたもので、それ以上は絡まない。
だって弘子は巳年生まれなんだから。
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