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来戸 廉
2024年5月1日 07:51
親父が、弟と腕相撲をしている。 高校一年になって、この頃めっきり体が出来てきた弟に苦戦している様子。「何だ、だらしねぇなあ」 俺が挑発すると、「遊んでいたんだよ」 親父はムキになる。弟の粘りも、ついにねじ伏せられた。「次は、お前だ」 親父が指をポキポキ鳴らす。「無理すんなって。息、あがってるじゃん」「いいから来い」「じゃあ、左でやろう」「セット」 弟が、二人の拳を押さ
2024年4月21日 09:33
いつだったか夫に尋ねたことがある。「子供の頃、何になりたかったの?」「古本屋のオヤジかな」 夫は即答した。その姿を想像したらおかしくて、笑いが止まらなくなった。「やっぱり変かぁ?」「いや、あまりに似合いすぎてる」 涙が出てきた。 あら、この本、結構面白いわね。 私は、ページをめくる手を速める。長い看病生活ですっかり本を読む習慣が身に付いた。そのせいか、夫の世界に少し近づいた気が
2024年4月8日 10:24
深夜、階下で物音がした。ドアから顔だけ出して見ると、薄暗い三和土で動く影がある。親父だ。ドアを静かに閉める。 もう三十年近く前になるが、私の入社式の日のこと。「スーツに、スニーカーはおかしいでしょう」 お袋の言葉を聞き入れて、親父の知り合いの店で靴を誂えた。「社会に出たら、まず服装や持ち物から、その人が判断されるのよ」 お袋は、親父の造った鞄を手渡した。 親父が鞄職人だったので、