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来戸 廉
2024年4月9日 10:56
「五月蠅いっ。静かにしてよ。試験勉強中なんだから」 高二になる娘が、勢いよくドアを開けるなり、怒声だけ投げ込んでいく。「そっと閉めろよ」 バターン。 言っている側から、これだ。 慌ててレコードプレーヤーに走ったが、幸い針は飛ばなかった。 まったく。 私はアンプのボリュームをそっと絞る。 私には、娘が聴いている音楽の方が余程騒音だと思えるのだが、それについては何も言わない。 ただ、
2024年2月25日 09:50
カラン、カラン。カウベルが勢いよく鳴って、明子が入ってきた。 近くの喫茶店。「ママ、コーヒー、お願い」 薄手のコートを脱ぎながら、裕一の向かいに滑り込んだ。「ゴメン、出掛けに母に捕まっちゃって」 と片目をつぶり、拝む仕草をする。いい表情だ。パシャッ。心の中でシャッターを切る。 今日はカメラを持参していない。「用って何?」「小母さんから、アッコが結婚するって聞いたから」「しない
2024年1月29日 15:23
「かあさん、胃薬なかったかな」 藤田は、妻のかおりに尋ねた。「どうしたの」「どうも胃の調子がな」 藤田は、このところ胃の辺りに鈍痛を感じていた。「猛のところで診てもらったら」「いや、いいよ。それほどじゃないから」「未だまだ、お父さんには元気でいてもらわなくちゃ。猛の結婚も未だだし……」「ただの飲み過ぎだよ」「おとうさんに万が一のことがあったら……」 かおりは、涙ぐんでいる。「