マガジンのカバー画像

ショート・ショート

65
今まで投稿したショート・ショートを纏めました。2,000文字以下の短い話ですが、「落ち(下げ)」に拘って書いてます。
運営しているクリエイター

#妻

【ショート・ショート】ロッキングチェア

【ショート・ショート】ロッキングチェア

「ついに来おったか」
 妻の様子がおかしいのに気づいたのは、三年前のことだった。
 この病気が、遺伝するのかどうか分からない。妻の母親が認知症だったから気に掛けてはいたのだが、こんなに早く発症するとは思いもよらなかった。

 すっかり症状が進んで子供みたいになった妻が、縁側のロッキングチェアに座っている。
 春先の日差しが心地よいのか、私が揺するリズムに眠りこけている。平穏な寝顔を見ていると、病気

もっとみる
【ショート・ショート】とかく妻というもの

【ショート・ショート】とかく妻というもの

 その日、私はしこたま呑んだ。
 上司からの急な誘いだった。妻への連絡が気になったが、酔うに連れて忘れてしまった。

 ご機嫌でタクシーを降りた頃には、時計の針は疾うに深夜一時を回っていた。
 高台にある住宅街。辺りはしんと寝静まっている。我が家の明かりもすっかり落ちて、鼻歌と靴音がやけに響く。

 中腰で街灯を頼りにドアの鍵穴をまさぐっていると、居間に続き玄関の灯りが点いた。緩慢な動作で見上げる

もっとみる

【ショート・ショート】平穏

「おかえりなさい」
 平井孝夫は、出迎える妻の態度が、いつもと微妙に違うことに気づいた。はっきりどうとは言えないが、何か確かめるような視線を送ってくる。孝夫はそれが何だか分からず、喉に刺さった小骨が取れないような、もどかしさを感じた。

「お帰り。パパ」
 下の子が妻の足元をすり抜けて、孝夫の胸に飛び込んでくる。流石に上の子は照れがある。
「お風呂に入るぞ」
 子供達を洗ってやりながら、孝夫はいつ

もっとみる