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来戸 廉
2025年1月31日 11:03
「ついに来おったか」 妻の様子がおかしいのに気づいたのは、三年前のことだった。 この病気が、遺伝するのかどうか分からない。妻の母親が認知症だったから気に掛けてはいたのだが、こんなに早く発症するとは思いもよらなかった。 すっかり症状が進んで子供みたいになった妻が、縁側のロッキングチェアに座っている。 春先の日差しが心地よいのか、私が揺するリズムに眠りこけている。平穏な寝顔を見ていると、病気
2024年5月3日 08:01
その日、私はしこたま呑んだ。 上司からの急な誘いだった。妻への連絡が気になったが、酔うに連れて忘れてしまった。 ご機嫌でタクシーを降りた頃には、時計の針は疾うに深夜一時を回っていた。 高台にある住宅街。辺りはしんと寝静まっている。我が家の明かりもすっかり落ちて、鼻歌と靴音がやけに響く。 中腰で街灯を頼りにドアの鍵穴をまさぐっていると、居間に続き玄関の灯りが点いた。緩慢な動作で見上げる
2024年1月30日 20:49
「おかえりなさい」 平井孝夫は、出迎える妻の態度が、いつもと微妙に違うことに気づいた。はっきりどうとは言えないが、何か確かめるような視線を送ってくる。孝夫はそれが何だか分からず、喉に刺さった小骨が取れないような、もどかしさを感じた。「お帰り。パパ」 下の子が妻の足元をすり抜けて、孝夫の胸に飛び込んでくる。流石に上の子は照れがある。「お風呂に入るぞ」 子供達を洗ってやりながら、孝夫はいつ