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来戸 廉
2024年2月4日 21:58
「こらーっ!」 修太が夫の部屋から飛び出してきた。「待たんか、こら」 夫が追い掛けるが、修太の足にはかなわない。夫は少し走っただけで、膝に手を付いて肩で息をしている。「まあ、大きな声を出して。どうしたんですか?」「全くすばしっこい奴だ。修太のやつ、儂の大事な絵に落書きしおった」「まあ」 秋子さんが修太を捕まえた。流石の腕白坊主も母親にはかなわない。「修太、おじいちゃんに何したの?
2024年2月1日 21:28
「やっと終わったな」「ええ」 昨日、一人娘の由紀を送り出した。まだ半日しか経っていないのに、家の中が随分広くなったような気がする。「お茶でも入れましょうか」「ああ、頼む」 卓袱台に両手をつきながら、腰を降ろした。その時になって新聞がないことに気づいたが、立ち上がって取りに行く気にはなれなかった。 所在なく見回すと、食器棚の横の壁の、煤けて消え掛かった汚れが目に入った。あれは、由紀が幼稚
2024年1月23日 11:24
「おかしいなあ」 夫が、頭をひねっている。「どうしたの」「昨日からずっと堂々巡りなんだ」「そうなんだ」「これでいいはずなんだけどなあ」「まあ、少し休んだら。あまり根を詰めると体に毒よ。お茶でも入れるから」「そうだな、そうするか」 夫は、カメラをいじっている手を休めて、大きく伸びをした。 会社の帰りにいつも立ち寄る店で貰ってきたという古いカメラ。部品取り用として片隅に積んであった