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破礼噺と、笑う私を寿いで~「ぽんちゃんと町内の若い衆ー真夏の夜の淫夢」~天神亭日乗23

八月二十二日(木)
高田馬場ばばん場「ぽんちゃんと町内の若い衆~真夏の夜の淫夢」
 この会は「ピンク落語」の第一人者、上方の桂ぽんぽ娘さんと落語協会の二つ目、春風亭だいえいさんと古今亭菊正さんの三人会。古典落語を知ってる人にはくすりと笑えるタイトル。はてさて、何を孕むか分からない会だ。

 私は下ネタにはちょっとしょっぱい思い出がある。
 まだ二十歳そこそこの頃、同級生の男子に誘われて浅草演芸ホールに行った。記すのも恥ずかしいがいわゆる「友達以上恋人未満」的な段階だったと思う。二人で楽しく見ていたのだが、ある師匠が登場し、下ネタのくすぐりを言った。私は反射的に「ハハハ」と笑った。すると、私の隣にいたその男子がしらっとした目を向けて低い声で言った。
「そこで笑う?」
私は冷水を浴びたような気になった。「はしたない」とたしなめられたのか?はあ?私は下ネタで笑う女だよ。彼には何も言えなかったが、その後、二人で会った記憶がない。

 破礼噺、落語のなかの下ネタは男性目線のものが殆どだが、ここに女からの視点での一石を投じたのが「ピンク落語」の女王、桂ぽんぽ娘だ。
 ぽんぽ娘さんはご自身の創作について「私の落語は鎮魂歌(レクイエム)です」また「誰かひとりにでも、私の落語が刺さればいい」とおっしゃっていた。ぽんぽ娘さんはいじめの体験から学校での講演もされている。自分の痛み、また人の痛みも敏感に感じられる方だ。過去に経験した哀しみ、苦しみ。その時の「私」へ。あるいはそんな体験をした女たち男たちのルサンチマンや魂を慰めようとしている鎮魂歌(レクイエム)なのか。ぽんぽ娘さんの落語はエロの現場やそれがモチーフであるが、そこにいる登場人物たちは皆それぞれ幸せになろうともがいている、小さく愛おしい女たち、男たちだ。ぽんぽ娘さんの落語の中に「私」もいる。私も「刺さった」ひとりなのだ。
 また彼女はエロを扱うせいで、やや特殊な目で見られてしまうのだが、実はとても達者な芸の方なのだ。初めて生でぽんぽ娘さんの高座を見たとき、彼女の噺家としての「素材」に驚いた。まず声が際立っていい。女性の落語家のなかでトップクラスだと思う。また演じるときの描写、演技が上手い。
デートDVを扱ったネタを拝見したことがあるが、男子学生と女子学生の会話とそのトーン、またDV被害者となった女子の描写。あまりにリアルで心が苦しくなるほどであった。

 三人のオープニングトーク、「同意書」を二人から得たぽんぽ娘さん。もうそのやり取りだけで笑いが起きる。しかも今日がぽんぽ娘さんのお誕生日とのこと。両手にイケメン落語家のぽんぽ娘さんの笑顔。とても可愛かった。

 トップバッターは古今亭菊正さん。彼のマクラはエスプリとウィットに富んでいて、「さすが東大…」と毎回思ってしまう。そして声と語りに色気がある人だ。今回もこの会にふさわしく、楽屋での師匠方の少し艶っぽいやり取りを再現してくれた。そんな艶笑マクラに続き、語り始めたネタは「錦の袈裟」。菊正さんもこの会のため、ネタを準備されたようである。ネタおろししたばかりとは思えない。菊正さん演じる与太ちゃんがかわいくて、しっかりものの奥さんも優しくて素敵。褌がらみの勘違いのドタバタ劇、お江戸の明るいエロ噺に会場が和んだ。

 次は春風亭だいえいさん。ネタは快楽亭ブラック師匠の「オマン公社」だ。これは大変な決意と覚悟の選択だ。この「オマン公社」は「ぜんざい公社」が元だが、ただのエロ噺でなく、痛烈な風刺の効いたパンチのある作品。笑いどころもたっぷりだ。会場にはこの噺を伝授した、ブラック師匠もお越しになっていた。オリジナルのものから、だいえいさんがくすぐりや設定を工夫してこられている。笑いながら、本当に感心した。だいえいさんがサゲを言って頭を下げたとき、大きな拍手が起こった。ブラック師匠も静かに見つめていらした。「ああ、この噺が継承された」と嬉しくなった。

 中入り後、トリのぽんぽ娘さんが登場した。ネタは「童貞請負人♡女教師ななこ」ぽんぽ娘さんの代表作。ぽんぽ娘名言集といってもいいくらい、男性諸君に贈る格言が満載だ。今日はこの会限定の特別バージョン、だいえいさんと菊正さんが登場する。「あくび指南」ならぬ「女子とのコト指南」女子は共感、男子は戸惑い?しかし、なんだか手探りの青春が懐かしくも思える、リリカルでとても魅力あるネタだ。会場も笑いに沸いて、ぽんぽ娘さんの「ななこ先生」に皆、魅了された。

 戦い終えた三人のアフタートークも配信絶対不可のぽんぽ娘ワールド全開。ここまでやってくれるとカタルシスさえ感じる。

 破礼噺に愛をこめて。この三人の噺家たちがこの会にかけてくれた熱意と時間とその心意気。そして下ネタにおおいに笑える私の今も、本当に寿ぎたい一夜であった。

*歌誌「月光」87号(2024年10月発行)掲載

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