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安土の夢はどこで見る?~旅の記録・道の記憶

コロナでしばらくご無沙汰だが、18きっぷの期間だけ、私は急に乗り鉄になる。ただのケチの所業なのだが、鈍行で行ける行き先を探すのもまた楽しい。

キリシタン史にどはまりした大阪在住の折。鉄道旅の行き先に「安土」が候補となったのは言うまでもない。
安土城はその歴史が語るとおり、天守閣も焼け落ちて礎石が残るばかり。しかし石垣や寺社は当時のよすがとして残っていると聞く。
そして何より、私が安土に魅かれたのは「セミナリオ」の存在である。
フロイスが残した記録だったか何かに、「信長がたびたびセミナリオにオルガンを聞きに来た」との記述を見たからだ。
安土城からセミナリオ・・・お住まいからふらっと少年たちの学び舎に遊びに行く、その道を体感したいと思ったのだ。

ある八月の暑い日。計画を決行した。
陽炎が立ちそうな炎天の日だったと記憶する。
静かな安土の町。安土城に着いたが、不安になるくらい人がいない。
ようやく、中高年のご夫妻が石段を下りてきた。
自然の木の枝の杖が立てかけられていて、それを手にせず登り始めた私に「杖、お持ちになったほうがいいですよ。結構大変です」と助言をしてくれた。
安土城の石垣、階段をのぼっていく。
確かに下で見ているより勾配がきつい。
気がつけば、人の気配がしない。
えっ、私、今、安土城にひとり?
樹の葉陰が濃く落ちている。脇汗がにじんでいく。
信長の墓がひっそりと立っている。
手を合わせたが、神も仏もないと言った信長のことだ。魂はどこに彷徨ってるか、分からぬ。

天守閣の礎石を見て歩き、ふと眼下に寺の門が見えてきた。
その瞬間、何か妖気のようなものを感じてしまった。
この寺の柱はあの日燃えおちた安土城を見ている。もちろんその過去の日の栄華も。
信長のものなのか、他の死者たちのものなのか分からないが何かの念に取り憑かれたようになり、これは危ない、と慌てて山を降りた。

セミナリオだ!セミナリオに急げ!
禊を欲するように、歩を進める。
穏やかな安土の道。一軒家の街並みの中に入っていった。
地図を確認する。セミナリオの跡地は公園になってるようだ。
汗を拭いながら歩いているとトイプードルだったかチワワだったか高そうな座敷犬が角から出てきた。
続けて、リールを握ったガタイのいい男性が現れた。
暑い時に散歩、大変だなあ・・・と思いつつ、ふと前を行く男性の背中を見た。

Tシャツの背中に大きく墨文字で「天下布武」!そして永楽通宝があしらわれている!おっ・・・お館様!!

まるで旗印のように私を先導してくれている。
こ・・これは安土の人は皆着るものなのだろうか。
しかしこの誰も通らぬ道で信長の化身のような背中が前を行く。
安土城からセミナリオへ向かう道、私はお館様の後を付いていったのだ。
セミナリオはこちら・・・なんですね?

セミナリオ跡地はきれいに整備された公園になっていた。
安土城址に残る何か念のようなものとは違いここに来ると何か清冽な風を感じた。
ベンチに腰を下ろして見まわす。
やわらかく風が髪をなでてゆく。
何だかハンモックを吊るして昼寝したいくらい気持ちがいい。
少年たちの聖歌の声、ラテン語の発音練習、オルガンやリュートの音。
500年の時を超えて、信長が聴いた音。耳をすませて風の音にたどろうとしていた。

夏の安土の陽が翳りだした。
Tシャツのお館様ももう家に戻っているだろう。
信長様に愛犬がいたかどうかは分からないが、イメージ的にはドーベルマンなんかが似合いそうだ。

バチカンのローマ教皇に贈られたという安土の屏風はどこに失われたか、行方知れずと聞いた。
安土の栄華の名残は石垣ばかりとなっている。
神も仏も信じなかった信長様はどこを安息の地としているか。
彷徨う彼の魂は、精魂込めた安土城を夢に見ているやもしれぬ。


※写真は集英社文庫「クアトロ・ラガッツィ」(若桑みどり 著)

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