今どき、手紙を書く効用
こんにちは、井上真希子です。
今どき、多くの人にとっては手紙を書くことって少ないだろうと思います。
実際、以前はそこそこ手紙を書くことが多かった私でさえ、今や手紙を書く機会はほとんどありません。
しかし今日、久々に手紙を書かせていただく機会を得まして。大学時代に部活でお世話になっていたお三味線の先生から手紙をいただいたので、そのお礼状を書いておりました。
ひと月ほど前に、その先生が主催された演奏会を聴きに行き、私はこそっと楽屋見舞(演奏会の時に渡す差し入れみたいなもの。お菓子など)を受付で渡していました。本当なら演奏会後などに私から先生にご挨拶するのが礼儀とは思うのですが、自分の体調もさして良くないのを自分への言い訳にして、終演後はそそくさと帰ったんです。その後、先生がわざわざお礼の手紙をくださったという経緯がありました。
小さめのお座敷で開かれた演奏会は、ほぼ身内の発表会ではありましたが、非常に心がこもっていました。先生の手紙から放たれる温かな雰囲気は、演奏会の時に感じた感覚をよみがえらせるものでした。
いったん、他の紙に書く内容を下書きして推敲し、一応は常備しているクローバーの便箋に文章をしたためます。
こうした一連の行為は、やはりPCに文字を打ち込む時とは違う感覚がします。SNSでの発信や交流もスピードや軽やかさ、絵文字やら空間の使い方での楽しさがあります。他の人を一度に巻き込む面白さもあるんだなというのは、SNSを最近になって利用して初めて気づきました。
一方、紙に手書きするときはスピードもゆっくりになるし、筆記具をどれにするか選ぶ楽しさがあったりします。今日は万年筆を使うのを忘れていたのですが笑、手紙やはがきの時にブルーブラックのインクを注いだ万年筆で文字を書くのは、背筋が伸びる気がします。
これは私だけかもしれませんが、普段はかなり乱筆でも手紙を書くとなると、書くスピード自体を緩めて丁寧に文字を書くようになります。仕事のメモを付箋にささっと書く時とは、全然違うんですよね。そういうひと時を過ごすと、丁寧に生きられている感覚を味わえます。自分も、手紙を受け取る相手も大切に思う感覚を。
そうした行動が、今に集中するというか、自分軸を取り戻していくことにもつながっている気がします。感謝の思い、相手を思いやる気持ちを手紙に乗せて届けることが、結果として与えるだけでなく自分を大切にする姿勢も受け取ることになるというか。
私の場合は、昔に結構手紙を書く習慣があったので、比較的カジュアルな手紙なら時候の挨拶を自作します。文例集にも、○月には〇〇の候、と載っているのでそのまま使ってもよいのですが、季節に合った言葉でオリジナル時候の挨拶を作るのも楽しいですよ。今なら、「桜のつぼみがふくらむ季節となりました」とか、子どもさんが入学される親御さん宛なら「新しい制服姿を見るのが待ち遠しい日々をお過ごしのことと存じます」とか。制服は予め見ちゃってるかしら、制服ない学校もあるけどまあそういう感じでということで。よろしければ、ぜひ。
あ、というか皆手紙を書く機会自体が少ないのよね(;'∀')でも今は手紙やはがきのやり取りが少なくなったことで、より一層、手紙を差し上げると喜ばれることもあります。ここぞという時に、いかがでしょうか。
でも出し慣れない方は、切手の貼り忘れにはご注意くださいね。今日私はリアルにポスト投函寸前に「切手貼ってない!!!」と気づいて出直しましたもんね(;O;)
今日も読んでくださってありがとうございます。井上真希子でした。