
行動経済学は本当に「死ぬ」のか?『行動経済学の死』(ハヤカワ新書)が問う未来
「行動経済学を抹消する」
上記の一言は、2025年4月に発売される書籍「行動経済学の死: 再現性危機と経済学のゆくえ 」の目次の最後に書かれていた文字です。
個人的に『行動経済学の死』(ハヤカワ新書) は、行動経済学が直面する「再現性危機」について徹底的に掘り下げ、学問の未来を問う一冊になると非常に期待しています。
著者は行動経済学会の会長である「川越 敏司」さん。本書のタイトルは刺激的ですが、その本質は「行動経済学の終焉」ではなく、「進化の必要性」 にある事は間違いないでしょう。
この記事では、行動経済学が抱える課題、理論の再検証、そして今後の可能性 について整理し、「行動経済学は本当に終わるのか?」という疑問に迫っていきたいと思います。
🗒️ 行動経済学の「死」が問われる理由
行動経済学は、ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン や リチャード・セイラー らによって発展し、「人は合理的な意思決定をしない」という前提をもとに、経済学と心理学の架け橋 として脚光を浴びてきました。
しかし、近年、この学問は深刻な再現性問題 に直面しています。
再現性の危機とは?
同じ条件で実験を行っても、過去の研究結果が再現されない
損失回避性(プロスペクト理論)やナッジの効果が一貫しない
短期的には効果があるが、長期的には消えてしまう現象が多い
つまり、行動経済学が提唱してきた理論の「確実性」が揺らぎつつある という事。これを踏まえて、書籍では 「既存の行動経済学を一度リセットし、より信頼性のある形で再構築すべきだ」 という問題提起があると思われます。
🗒️ 行動経済学の「核」とされる理論の再検証
① 損失回避バイアス(プロスペクト理論)の問題点
損失回避性とは、「人は利益を得る喜びよりも、損失を避けることを重視する」 という行動原理です。
例えば、
「100%の確率で10,000円を得る」 vs 「50%の確率で20,000円を得る or 50%で0円」
→ 確実な10,000円を選ぶ傾向が強い。「100%の確率で10,000円を失う」 vs 「50%の確率で20,000円を失う or 50%で0円」
→ リスクを取って「何も失わない可能性」を選ぶ人が多い。
この現象は、プロスペクト理論の中核をなす概念 であり、これまで「人間の意思決定には一貫した損失回避バイアスが働く」と考えられてきました。
ですが、最新のメタ分析では、
✅ 損失回避性の効果が従来の研究よりも1/3以下しか確認されない
✅ 統計的に有意な損失回避行動が見られないケースが40%に達する
つまり、「損失回避バイアス」は普遍的なものではなく、状況や個人差によって大きく変動する可能性が高い という事になります。
② ナッジの効果過大評価問題
「ナッジ」とは、行動を無意識に誘導する仕組み のことで、政府の政策や企業のマーケティングでも広く活用されています。
例:
年金制度の自動加入(オプトアウト) → 自動的に年金に加入し、手続きしなければそのまま維持される。
健康的な食事の配置を変える → 目立つ位置に健康的な食品を置き、無意識に選ばせる。
こうした手法は一見効果的に見えますが、最新の研究では 「ナッジの効果は当初期待されていたよりもはるかに小さい」 ことが明らかになりました。
最新のメタ分析結果
ナッジの平均的な効果は 1.4% に留まる(期待されていた 8.7% より大幅に低い)
特に 「臓器提供のデフォルト設定」 など、効果があるとされた施策が実際には行動を変えていないケースが多い
つまり、ナッジは一時的な行動変容を引き起こすことはあるが、長期的には効果が持続しない 可能性が高いという事です。
行動経済学を抹消するという言葉の真意とは?
学会長自らが「抹消する」と言ったのは、もちろん行動経済学を全否定する意図ではないでしょう。むしろ、「このままでは行動経済学の信頼性が危ういため、根本的な見直しが必要だ」 という警鐘と考えるのが自然です。
考えられる3つの意図
⭕️ 再現性の低い理論をリセットする
再現性が低い理論を排除し、より確実な理論を構築する必要がある。「行動経済学の修正」ではなく、「ゼロベースで再構築する」方向へ進むべき。
⭕️ 行動経済学と主流経済学の融合
心理学に依存しすぎた結果、科学的厳密性が損なわれている可能性がある。より数学的・数理モデルに基づいた経済学と統合し、信頼性を高める方向へ進化すべき。
⭕️ 行動経済学という枠組みを超え、新しい学問へ移行する」
行動経済学がこれまで果たしてきた役割は大きいが、学問として独立したままでいるのは難しい。より広範な「意思決定科学」や「神経経済学」との融合が求められる。
🗒️ 行動経済学の死は進化の前兆か?
本書のポイントを予測で整理すると、
行動経済学の主要な理論(損失回避性・ナッジ)の再現性に疑問がある。
このままでは学問としての信頼性が維持できない。
「抹消」とは、学問を完全に否定するのではなく、再構築するためのリセットである可能性が高い。
「行動経済学の死」は終わりではなく、「新しい経済学」への進化を示唆している。
もしかすると、『行動経済学の死』は、行動経済学が次のフェーズへと進化するための、「再生の起点」 なのかもしれません。
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