施設だから、無理・・の思い込み
これまで、車椅子を体に合わせるシーティングについて書いてきました。そして、たくさんのコメントや質問をいただきました。本当にありがとうございます。そして、施設の職員さんからもたくさん、ご質問やご意見をいただきました。
その中には、施設だから昔からの備品を使わなければならない。個人に車椅子を合わせることはできない。というコメントもいただきました。
そこで今回は、実際に導入していた施設についてご紹介したいと思います。
いくつかの施設にお世話になっていましたが、まずは特別養護老人ホームの導入例からご紹介します。特別養護老人ホームでは、基本的に施設が備品として車椅子を用意することになっています。もちろんその施設でも足が取り外せない備品の車椅子があり、それで問題ない方は備品を使っていました。しかし、移乗の際にフットサポートが外れないと危険だったり、褥瘡ができて、褥瘡予防のクッションが必要になったりすると自費での購入を家族に勧めていました。
購入までの手続き
この購入の必要性についての判断は相談員、理学療法士と介護職とで”必要性”と”可能性”を検討します。必要性は介護方法や褥瘡などの身体的な状態を考え、備品では対応できないのか? 今の身体状態は一時的なものか、ずっと続くか? についてです。褥瘡の場合、車椅子の時間を減らして治ったとしても、また車椅子に座ると褥瘡ができると考えられるならば、購入が必要と判断します。
可能性とは”購入できる経済力があるか”と”ご家族の理解が得られるか”、この2点です。車椅子等の購入費については、入所の時に、「備品の車椅子が合わなくなったら、お預かりしているお金の中から車椅子を購入すること」をご説明、了承いただいているそうです。しかしそれでも、実際に購入となると理解いただけないケースもあります。それ以前に、経済的事情から購入費用そのものが捻出できない場合もあります。ですから、すべての人とはいきませんが、この2点をクリアした場合、そこから車椅子やクッションのデモが始まります。
理学療法士や介護職と相談しながら、車椅子とクッションを1週間程度、実際に使っていただいて、車椅子変更による効果や介助のしやすさ、しにくさを検証してもらいます。車椅子とクッションを合わせると、15万円から20万円程度が必要となります。決して安い買い物ではありません。ですから試用期間中に、ご家族に購入する価値を認めてもらわなければなりません。面会に来て、実際に見ていただく機会を持つこともあります。福祉用具の業者として「なぜ必要なのか」、「なぜこの車椅子なのか」をご家族に直接、ご説明したこともあります。
施設での導入のポイント
施設で体に合った車椅子を購入していただくのは、決してやさしいハードルではありません。しかし、3つのポイントを抑えることで施設でも体に合わせた車椅子の利用を始めることができます。
ポイント1・・入所時に、あらかじめ購入が必要になる可能性をお伝えすることです。そして、購入に足りる金額をあらかじめお預かりするとハードルがぐっと下がります。この時に、なぜ備品では対応ができなくなるのか、本人にとって、どのようなリスクや不具合が生じるのかをきちんと説明することが必要となります。
ポイント2・・車椅子購入の必要性について、誰が判断するのかを決めておくことが必要です。これを明確にしておかないと、現場の介護職が何となくは気づいても、誰に相談したらいいかが分からず、そのままになる可能性があります。
ポイント3・・家族との交渉をする相談員の存在はとても重要となります。もちろん相談員1人で全責任を負う必要はなく、理学療法士や介護職のサポート、時には福祉用具業者も巻き込んで行う必要があります。
まず始めると、まわりだす
施設には様々な事情の人が入所します。そのため、全員が自費で購入できるわけではありません。今回ご紹介した特別養護老人ホームも、例外ではありません。しかし、介護保険は個別対応が基本です。学校ではありませんから、みんなが同じである必要はありません。
そして、個人購入が実際に進むと、退所された際に施設に車椅子を寄付していく方もいらっしゃいます。それらを上手く活用していくと、体に合わせて調整できる車椅子を購入できない方に使うことも可能になってきます。福祉用具の業者との関係がしっかりできていれば、簡単な調整くらいはしてもらえるかもしれません。また、理学療法士や作業療法士の中には、ご自身で調整をする方もいます。
「全ての人ができないことは、始めてはいけない」という考え方もあるかもしれませんが、それでは全ての人にとってマイナスにしかなりません。車椅子を購入できる人も、情報がないばかりに身体に痛みを感じながら備品の車椅子に1日、座り続けているかもしれません。理由が分からないまま、褥瘡を繰り返し車椅子に座ることに恐怖を感じているかもしれません。そんな方、あるいはご家族に選択肢を提供するのは、プロの役割ではないでしょうか。もちろん、個人としての情報提供ではなく施設としての対応が必要です。
情報は選択肢です。この記事も、本人・家族として、そして施設職員としての選択肢を増やしていただくためにお役立ていただけることを願っています。