車椅子の座り方・・Vol.3
「座る」とは、それ自体が動作でもありますが、それと同時に次なる動作をするための基本姿勢でもあります。車椅子に座ることも、「座位姿勢をとること」が目的であるより何かをするための手段であることがほとんどです。
座って食事をする、インターネットでゲームをする、仕事をする、趣味を楽しむ、人に会いに行く・・・。その人の人生を続けるために車椅子に座るのです。
その場合、ただ座れていればいいというものではありません。まずは安全であること。ある程度の時間、座り続けられること。動作をする程度の安定があること。可能なら、行動に夢中になれるくらい車椅子や座り姿勢を忘れられること。
どのレベルを目指すかは障害や今の状態にもよると思いますが、安全な移動や体が持っている能力とイコールの動作ができる程度の安定がある姿勢を保ちたいですね。頑張って車椅子に座ったものの、何もできずにただ一日中座り続けるというのはしんどいですから。
例えば、椅子に座ってスマホも触らず何もせずに一日座り続けて過ごすことを考えてください。
時間が長くないですか? お尻とか背中が固まって痛くなってきませんか? 痛いと思い始めたら、そこに意識が集中してしまいませんか?
ところがどうでしょう? 同じ時間座っていても面白いゲームをしたり、映画を見たりしていたら時間はあっという間に過ぎていくのではないでしょうか? 見終わった後に、腰や首が痛くなっていることに気付くこともあるのではないでしょうか。
このように多くの人が、ただ座っているより、何かをしている方が楽に時間を過ごせるのです。
しかし、介護現場では介護職が忙しそうに走り回り、利用者はただ座って一日を過ごしているところが多く見られます。介護職の多くは、利用者に何かをしてあげて「ありがとう」と言われることに喜びを感じています。その日にこなさなければならないタスクもたくさんあります。だから、利用者が時間をかけたらできることも、手を貸してしまいます。一方、利用者はてきぱきしてもらうと、手を出すことが迷惑なのではないかと気を使ってしまいます。そのうちに、利用者は介護職にお任せするようになります。そうして、何もせずに座っている時間が長くなります。これが続くと、本当にできなくなり、自分でできることが減っていきます。
今の介護現場は、この悪循環に陥りやすい状態にあります。
思い出していただきたいのは、この「何もせずに座るだけ」はしんどいということです。毎日同じ姿勢を続けていれば、腰や肩に痛みや凝りを感じやすくなります。体に痛みがあれば、意識がそこに集中しがちです。これが日常になると、一日がしんどくなってしまいます。
痛みがある方こそ、じっと座っているのではなく何かすることが大切になってきます。何かをして気を紛らわせることが、そのまま痛みのコントロールになる場合もあります。
これは私の体験ですが、朝、頭痛があり休みたいと思っても、会社に行くと仕事や同僚との会話などで気がまぎれ、頭が痛かったことをすっかり忘れて一日過ごしていた、ということがあります。同じような経験をした方も、たくさんいらっしゃるのではないでしょうか。
脳は実に効率よく働きます。一番大切なことに意識を集中させるために重要でないことは意識から消してしまいます。
「ただ座っている」のは辛くても、座るだけでない目的がそこにあると、痛みに悩まされる時間も短く過ごせる場合があります。これまでの習慣を変えるのは簡単なことではないかもしれません。しかし、座っているのが辛いと感じている方は、座っている時間にできることを考えてみてください。できるなら「誰か人のためになること」をお勧めします。なぜなら人の役に立つと、人は幸せを感じるものであることが実験で分かっているからです。
介護現場に勤めている方は、集団のアクティビティではなく、本人が本当にやりたいことができる場を作るのもいいかもしれません。地域の人の役に立つ何かをするのもいいと思います。
私の知っている例では、利用者が講師になり地域の人に教室を開いたり、体の動く方は公園や商店街の掃除をしたり。もっと些細なことでもいいと思います。“施設の頼り”を利用者が作って、地域の人が見えるところに貼って感想を書いてもらってもいいですし、育てた花を店に飾ってもらってもいいと思います。お金ではない関係づくりができますし、そこから先の可能性が開けてくるかもしれません。
「座る」の次の可能性を開くには、動作ができる程度の安定性があることが最低条件となります。椅子でも車椅子でも、きちんと体にあったものを使うことでできる動作が変わってきます。
両手をアームサポートから放して安定していられるか、少し手を伸ばした時に体幹ごと斜めに倒れていかないか、頭は見たいものを見られる姿勢になっているか。座り姿勢がそのまま、時間と人生の質に直結してきます。
もし、座り姿勢に疑問を感じていたら、お近くのシーティングエンジニアのいる福祉用具貸与事業所か、理学療法士・作業療法士にご相談ください。
お近くにいない場合は、ZOOMでのご相談を受け付けています。
wonder.piece2017@gmail.com
車椅子安全利用コンシェルジュ 久内純子