手指衛生ガイドラインを知る
感染対策の基本である手指衛生。何においても基本を知ることは重要だと思ったので、今回は、"医療現場における手指衛生のためのCDCガイドライン”から基本的な内容から少し深堀した内容を載せさせていただきましたので、ぜひ最後まで読んでいってください。
【手には多くの微生物がいる】
元々、人の皮膚には微生物(黄色ブドウ球菌、プロテウスミラビリス、クレブシエラ属、アシネトバクター属など)が着いていて、頭皮(10⁶CFU/㎠)、腋窩(5×10⁵CFU/㎠)、腹部(4×10⁴CFU/㎠)、前腕(10⁴CFU/㎠)など身体の場所によって微生物の量は違いますが、多くの微生物と日頃から共存しています。ちなみに医療者の手には3.9×10⁴~4×10⁶CFU/㎠の微生物が着いているともいわれており、他の部位と比べても手には多くの微生物が着いていることが分かります。
手の中でも爪の中は特に微生物(CNS、グラム陰性桿菌、真菌)が多くいるといわれています。爪の中はしっかりと手洗いをしても微生物が残りやすいため、爪は日頃から短く切って(6.35mm未満)微生物が入り込まない・残らないようにしておきましょう(推奨度Ⅱ)。また、マニキュアは剥がれてくると微生物の量が増加するともいわれていますので、基本的には禁止です。もちろんつけ爪も着けてはいけません(推奨度ⅠA)
指輪については、指輪の下に微生物(グラム陰性桿菌)が着いており、人によっては同じ微生物が何カ月もいたなんてこともあるそうです。ただ医療現場における指輪の着用についてはガイドラインでは禁止になっていません(推奨度未解決)。なので、各施設のマニュアルに準じていただければと思います。私の働く施設ではファッション的な要素の指輪は禁止ですが、結婚指輪はOKにしています。腕時計については特に勧告はありませんので、こちらも施設のマニュアルに準じていただければと思います。ちなみに手術時手洗いの時は指輪も腕時計も必ず外す必要がありますのでご注意を(推奨度Ⅱ)
<ちょっと用語解説>
・常在菌:皮脂線、皮膚のひだなどに普段からいる微生物(表皮ブドウ球菌などのCNS)のこと。皮膚の深い層に着いているため、手指衛生でもなかなか除去しづらい。
・通過菌:皮膚表面や爪などに周囲の環境から着いた微生物(大腸菌等のグラム陰性菌、黄色ブドウ球菌等のグラム陽性球菌など様々)で、手指衛生によって多くを除去することが出来る。
【手指衛生のタイミング】
医療者の手を介して微生物が拡がっていくのは
① 患者や患者周辺の微生物が医療者の手に着く
② 医療者の手に着いた微生物は数分間生存している
③ 医療者の手指衛生が不十分だったり、実施していない場合
④ 医療者の汚染された手が、患者や患者の周辺環境に触れた場合
なので、WHOは手指衛生を実施する5つのタイミングとして
【WHO手指衛生5つのタイミング】
① 患者に触れる前
(検温する前、ケアの前など)
② 清潔・無菌操作の前
(創処置の前、薬剤調製の前、個人防護具を着ける前など)
③ 体液に曝露した可能性がある場合
(ドレーンなどの排液回収した後、おむつ交換の後など)
④ 患者に触れた後
(検温の後、更衣の介助をした後など)
⑤ 患者周辺の環境に触れた後
(カーテンに触れた後、ベッドサイドモニターに触れた後など)
を強く推奨してします。
よく〝患者さんにちょっと触れただけなのに何で手指衛生しないといけないの?″とか〝そもそも患者さんの部屋には入ったけど、患者さんには触れてないから手指衛生いらないでしょ?″と言う医療者も多くいます。
まず体温や血圧測定、体位変換など、一見手が汚れることはありませんが、手には多くの微生物(黄色ブドウ球菌、グラム陰性桿菌、腸球菌、C.difficileなど)が着きます。また、患者さんに触れている(ケア)時間が長いほど、手には多くの微生物が着くとされています。その手で、点滴交換などの無菌操作や別の患者さんに触れることで、感染のリスクとなるので、手指衛生が必要です。なお、〝手袋をして患者さんに触っているから手指衛生はいらないでしょ?″という方もいますが、手袋にはピンホール(目に見えないほどの小さな穴)が開いているとされているので、手袋をしていても、ピンホールから微生物が自分の手に着いてしまう可能性があるため、手袋をしていても手指衛生は必要です。
次に患者さんの周辺環境には、微生物が多くいます。何故なら、皮膚から微生物を含む皮膚の細胞が毎日約10⁶個剥がれ落ち、患者さんのガウンやリネン、その他身の回りの物に付着します。なので、患者さんの周辺環境は、患者さん自身のもつ微生物(特にブドウ球菌属や腸球菌属は乾燥に強く、多い)が多く着いているため、その環境に触れた手にも微生物が着くことから、手指衛生が必要となります。
【手指衛生製品の特徴を知る】
「石鹸」
あかや汚れ、様々な有機物を手から取り除くことが出来ます。最近ではフォームタイプのものが主流となっていますが、固形石鹸を使用しても大丈夫です。ただし、固形石鹸の場合は水切れの良い石鹸置きを使用して管理する必要がありますのでご注意ください(推奨度ⅠB)。なお、液状せっけんは継ぎ足しや詰め替えは行わないようにしてください。継ぎ足すことで中身が微生物で汚染されてしまう可能性があるためです(推奨度ⅠA)。
「アルコール」
アルコールは人や環境の両方に使用される中水準消毒薬であり、多くの微生物に対して効果があります。ただ、苦手な微生物(芽胞菌、原虫、エンペローブを持たないウイルス(ロタウイルス、アデノウイルスなど))もあり、それらには効果が低いとされていますので、その場合は、石鹸と流水での手指衛生を行う必要があります。他にもアルコールは手が目に見えて汚れている時やタンパク性物質(血液など)で汚れているときは効果が低くなってしまうため、この場合も流水と石鹸で手指衛生を行います(推奨度ⅠA)。
アルコール消毒薬は手荒れするイメージを持っている人もいると思いますが、手荒れを防止するためにエモリエントと言われる成分が含まれているものが多く、その場合は石鹸を使用するよりも手荒れのリスクが低いとされています。
アルコール消毒薬の溶液が汚染されることはほとんどないとされていますが、微生物汚染され(バチルスセレウス)、そこから集団感染した事例があるため、使用期限を必ず記載し、効果が低くなってしまったアルコール消毒薬を使用しないように管理しましょう。
「ポビドンヨード」
ポビドンヨードは中水準消毒薬であり、多くの微生物(グラム陽性菌、グラム陰性菌、結核菌、真菌、ウイルス、C.difficileなどの一部の芽胞に有効ですが、バチルス属などの芽胞には無効)に対して効果があります。生体への刺激性が低く、手術部位の皮膚をはじめ、口腔や膣などの粘膜にも使える消毒薬です。
「クロルヘキシジン」
クロルヘキシジンは低水準消毒薬であり、グラム陽性菌、グラム陰性菌、真菌の一部、エンペローブを有するウイルスの一部には効果がありますが、結核菌、多くのウイルス、芽胞には効果がないとされています。クロルヘキシジンの特徴として、効果の持続性に優れているため、アルコール製剤と合わせることで、多くの微生物に対して有効となり、かつ効果の持続性も高くなります(クロルヘキシジン含有アルコール)。そして、注意点としてショックや発疹などのリスクがあるため結膜嚢以外の粘膜(膀胱・膣・口腔など)や創傷、熱傷への使用は禁止されています。また、神経障害のリスクから中枢神経、聴覚神経への使用も禁止です。高濃度(0.1%以上)のクロルヘキシジンが目に混入すると角膜障害のリスクがあるとされています。
手指衛生の使い分けとして、基本的にアルコール消毒薬による手指消毒を行いますが、アルコール消毒薬が効きにくい微生物の場合、もしくは目に見えて汚染がある場合は、流水と石鹸で手指衛生を行ってください。
消毒薬は使用する対象物、目的に応じて選択する必要があるので、これらの特徴を覚えておくと良いでしょう。
ちなみに手指衛生製品のスタッフの受け入れは、におい、粘度(使った感じ)、色などが影響しているとされていて、石鹸については泡立ちの良さも影響しますので、製品変更の際はこれらに注意してご検討ください。
【手荒れの原因と予防】
看護師の25%には手荒れがあるといわれています。手荒れになると、皮膚が損傷し、皮膚の細菌叢が変化します。これにより、ブドウ球菌やグラム陰性桿菌が手に着きやすくなってしまいます。手荒れの主な原因は、頻繁な手洗い、ハンドローションを使っていないことやペーパータオルの品質、手袋を着脱する時のずれや摩擦(剪断力)、ラテックスタンパクアレルギーが影響しているとされています。そのため、手荒れのリスクをスタッフへ伝達し、スキンケア製品などを使用してもらい、ハンドケアを行ってもらうことが対策となります。なお、冬は水が冷たいため温水で手を洗いたくなりますが、温水で繰り返し手洗いをすると皮脂が流れてしまい皮膚炎のリスクが増加するため、温水の使用は避けたほうが良いでしょう(推奨度ⅠB)。
前項で手指衛生の使い分けのお話をしましたが、〝アルコール消毒と石鹸・流水で手を洗うのを両方行うのは?″と思った方もいるかも知れませんが、アルコール手指消毒薬を使用直後に石鹸と流水で手を洗うことは手荒れのリスクになるので、どちらか一方でキチンと手指衛生を行ってもらえば問題ありません。
手荒れの改善は医療者の手洗い頻度の向上につながることが報告されているため、ハンドケアの重要性をスタッフへ伝えることが非常に重要です。
【手指衛生がしたい時に出来る環境を】
手指衛生がしやすい環境を整えることは手指衛生に影響しているとされています。なので各患者のベッドサイドや患者ケアを行う色々な場所に設置し、また、スタッフが持ち歩くのも良いでしょう(推奨度ⅠA)。ただし、患者さんのベッドサイドに置くことで、患者さんが消毒薬を誤飲してしまうリスクなどもありますので、ご注意ください。
なお、アルコール消毒薬は手洗い場に置かないようにしましょう。なぜなら前項でもお話ししましたが、アルコール消毒と石鹸・流水での手洗いを両方行うことは手荒れのリスクなので、スタッフの混乱を防ぐためにもやめておきましょう。
【手指衛生の実際】
医療者の1回の勤務時間帯で手指衛生を行う回数は、5〜30回までと幅があるといわれており、衛生的手洗いにかける時間は平均6.6秒〜24.0秒と報告されています。また、手や指の全表面をきちんと洗えていないことも多くあるそうです。
ちなみに手指衛生の遵守率は5〜81%(平均40%)となっており、手洗いの機会が1時間当たり10回を超えると、10回ごとに遵守率が5%(±2%)減少するとされています。
これらのように手指衛生の遵守率は個人差が大きいとされていますが、ではなぜ個人差が大きいのか?手指衛生の遵守率に何が影響しているのか?
【手指衛生の遵守に影響するもの】
① 手指衛生が遵守できない要因(観察結果)
・医師であること
・看護助手であること
・男性であること
・ガウン手袋の着用
・患者ケア1時間につき、手指衛生の機会が多い
② 手指衛生が遵守できない要因(医療者の自己申告)
・手指衛生により手荒れを起こす
・手洗いシンクが不便な場所にある、もしくは足りない
・忙しい、時間がない
・人手不足、患者過密
・患者のニーズが優先する
・患者から感染するリスクは低い
・手袋を着用していれば手指衛生はしなくても良いという考え
・同僚や上司の手本がない
③ 手指衛生を阻む壁
・手指衛生を積極的に促進していない
・手指衛生の手本がない
・施設全体として手指衛生を推奨・促進していない
・手指衛生を実施することで得られる報償がない、実施しないことによる制裁がない
などがあります。
これらをもとに手指衛生の遵守率をあげるための戦略として
【手指衛生を促進させるための戦略】
・教育
・観察とフィードバック
・施設設備
・現場での注意
・報償や制裁
・手指消毒薬の変更、見直し
・スキンケアの促進
・個人、施設レベルで手指衛生に積極的に取り組む
・患者過密状態、人手不足、過重業務の回避
などがあげられています。
なお教育については、手指衛生を促すために必要な教育内容がガイドラインにありましたので、ご参考までにご覧ください。特に研修会等で手指衛生の話をするときにご参考にいただければよいかと思います。
【手指衛生を促すための教育と動機付け】
① 手指衛生が必要な理由
・患者への微生物伝播のリスク
・医療者自身の感染リスク
・感染による罹患率、死亡率、コストの問題
② 手指衛生のタイミング
③ 手指衛生のテクニック
・手指衛生剤の量、手指衛生1回の実施時間、手指衛生の使い分け
④ ハンドケアについて
・手荒れや乾燥を防ぐためにローションやハンドクリームなどを使用する(推奨度ⅠA)
⑤ 手袋着用について
・ピンホールを通じて手が汚染される可能性がある
・手袋を外す時に汚染が起こる可能性がある
・手袋の着用は手指衛生の代わりにはならない
・患者ケアの後に手袋を外さないと、患者から別の患者へ微生物が伝播する可能性がある(推奨度ⅠB)。
さいごに
手指衛生は感染対策の基本でありながら中々徹底されない、いわば永遠の課題とも言えます。そんな中少しでも多くの人が手指衛生の重要性を知り、遵守率が上昇することが、結果として感染症を予防することにつながるため、今後も周知していきます。
長文にも関わらず、最後まで読んでいただきありがとうございます。
Youtube:https://www.youtube.com/channel/UCTWj820FJ_6wo5eu1muXPLg
Twitter:https://twitter.com/kurukurumedical
引用参考文献
医療現場における手指衛生のためのCDCガイドライン