創作『冥界ホテル』お客様#2-6
「エレマニ。ダレトハナシテイルノ?」
小さな可愛らしい声がする。さっきのネズミカンガルーだ。
「ルイス。コンヤハ、ゴチソウニアリツケタノカイ?」
「ウン。オナカイッパイダヨ。ネェ、ダレトハナシテイタノ?」
「イヤ、ダレトモ。ユメヲミテイタヨウダ。フルイトモノコエガ、キコエタキガシタダケ。」
その言葉にエインガナがピクリと動く。
「エレマニ。ワタシダ、エインガナダ。ココニイル。」
必死に呼びかけるが、大樹もネズミカンガルーも聞こえていない様子。
お客様は記憶には干渉できない。声が届くことはないのだ。
「ネェ、エレマニ。コンヤモ、オハナシヲキカセテヨ。」
「フフフ。ドンナオハナシガ、キキタイノ?」
「エイユウ、エインガナノオハナシ!」
「エインガナ。ホコリタカク、ココロヤサシイ、ドラゴン。」
「ウン。ボク、エインガナ、ダイスキ!」
「ワタシモ、ダイスキダ。デハ、カタルトシヨウ。」
数千万年前、恐竜が君臨した時代。
太古の生き残りたちの多くは、言葉を話していた。
わたしやルイスの祖先、それにドラゴンたちも。
我らは歌い、語らいながら、共に同じ世界を生きていた。
ある夜。いつも見上げる星空に小さな変化があった。
赤く燃えるような星が見えたのだ。
その星は、日に日に大きく見えるようになった。
初めは小さな点だったその星は、いつしか月と同じ大きさとなり、我らはそれを『赤き月』と呼んだ。
その頃には大地は揺れ、海は荒れ、大気も不安定になり、多くの命が失われた。
じきに『赤き月』がこの世界を飲み込み、全てが塵に還る。
みな理解していた。
なす術はなく、身を寄せ合い、その時を待つしかなかった。
だが、そんな運命に抗い『赤き月』に挑んだものたちがいた。
それがドラゴン族。
強靭な肉体と知恵、崇高な精神を持つもの。
その一族を先導したのが、我が友エインガナだった。
一族ことごとく天を翔け、宙に舞い、その肉体が燃え尽きるまで、『赤き月』と戦った。
『赤き月』はいくつもの欠片に打ち砕かれた。
その欠片は、尽き果てたドラゴンたちと共に流星のように降り注ぎ、森は炎に包まれた。
ついに最も大きな欠片が衝突した。
大地は激しく揺れ、海は溢れた。
やがて世界は光を失い、氷に閉ざされたのだ。
世界の終わりかと思われた。
だが、そうではなかった。
永い永い眠りから覚め、世界は再び光を取り戻したのだ。
そこには新たな生命が、ひとつ、またひとつと芽吹いた。
いつしか、この世界はかつてないほど生命に満ち溢れた場所となった。
わたしたちのこの世界は、英雄エインガナ率いるドラゴン族によって繋がれた、尊い世界なのだよ。