創作『冥界ホテル』お客様#2-2
「おはようございます。ゆっくりとお休みになれましたか?」
その問いかけに、お客様(火の玉)は僅かに炎をゆらめかせたが、言葉はなかった。
「これから『記憶の扉』にご案内致します。ですが最後にもう一度だけ。」
そこまで言うと、ナムタルがわたしに視線を投げてよこす。
しっかりと視線を受け止めて頷き、説明の続きを引き継いだ。
「制限時間は24時間です。それまでに記憶の中に留まるか否か。お客様ご自身でご決断下さい。それでは、ご出立されますか?」
いま一度炎が揺らめく。
「承知いたしました。」
前回と同じように扉の前に立ち、ナムタルが金色の針を時計盤にはめ込んだ。
カチリという音と共に時計の針がゆっくりと動き出す。
次第に速さを増す時計の針。
やがて時計盤が光を放ち始め、最後にひときわ眩しい光を放った。
扉が開き、暖かく湿った土のにおいが吹き込むのを感じる。
ゆっくりと扉をくぐるお客様に続いて、いざまいらん!!
「行ってきます!」
「しっかりね。」
ナムタルの投げたウィンクをしっかりとキャッチして扉の先に足を踏み込んだ。
一気に蒸し暑い空気に包まれる。
ザザーッと波の音がしたのかと思ったが、それは樹々が風に揺れる音だった。
鳥たちのさえずりも聞こえてくる。
足元は水分を含んで柔らかい土。背の低いシダ類が生い茂り、上部にだけ葉の茂る丈の高い樹々がどこまでも続く。
まさにジャングルど真ん中。
生き物たちの発する音や色、気配に満ち溢れた世界。
はて、お客様は…
次の瞬間、突然大きな影にのまれ、思わず身をすくめる。
何っ?
恐る恐る振り返ると、傍らにそそり立つ大きな苔むした岩が…岩のようなものが、もぞもぞと動いている。
その岩の全貌を確かめようと、後ずさりながら視線を上へ上へと移す。
…なるほど。岩…ではない。
くの字に曲がった太い脚に鋭い爪。丸みを帯びた大きなお腹は、そのまま細く長く尾に繋がっていく。
長い首はしなやかな流線を描き、その先の頭は樹々の遥か上。
誰もが一度は図鑑で見たことのある恐竜そのものだ。
だが、恐竜ではない。
その背には、たたまれているものの、圧倒的に大きな翼が生えているからだ。
竜は竜でも、恐竜図鑑には載っていない方のドラゴン⁈
「あの、お客様…ですよね?」
長い首がしなやかにうねって、遥か頭上からお客様が顔をこちらに向け近づいてくる。
「チイサキモノヨ。ココガワタシノフルサトナノカ…?」
「…この世界はお客様の心がお選びになる場所。わたしには、ここがお客様の故郷かどうかお答えできません。」
ドラゴンはもう一度森をぐるりと眺める。その瞳は哀しげだ。
「ここがお客様の故郷の森かどうか確かめに行きましょう!きっと、何か手がかりがあるはずです。」
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