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うたかた古書店 最終章『創作大賞2024』

最終章

そっと本を閉じる。

溢れる涙は止まらない。母を亡くした悲しみ。何もできなかった後悔。父への罪悪感。全部、心の奥に無理矢理押し込んで見ないふりをしていた。

母が何より大切にしてきた家族なのに。今のわたしたちを見たら、どれほど心を痛めることだろう。このままでいいはずがない。

もしかしたら、母がここへ導いてくれたのかもしれない。「いつまで意地を張るつもり?世話がやけるわ。」なんて言いながら。

会いに行こう、父に。
帰ろう、母が守り続けたあの家に。

涙を拭いて立ち上がると、店主が静かに声をかけてくれた。

「よいお顔されてるわ。」

「両親の愛情の深さも、父のもろさも、己の未熟さも。やっと正面から受け止めることができました。ありがとうございました。」

「お会いできて良かったわ。どうぞお元気でね。」店主が優しく微笑む。

その微笑みが次第に光の中に消えていく。柔らかい風が辺りの風景をす〜っとかき消した。


今日は帰ります。

もう一度鳥居の前で一礼する。なぜだか心がスッキリしている。交差点をいつもと違う方にハンドルを切った。ただそれだけなのに、見える景色はこんなにも変わる。

運転席に乗り込むと、スマホを取りメッセージを開く。

『お久しぶり。元気にしてますか?今月末みんなで会いに行きます。食べたいもの考えておいて下さい。また連絡します。』

もう一通。

『久しぶり。お父さんに、何食べたいか聞いておきます。みんなで一緒にお母さんの思い出話に花を咲かせましょう』

真人にも送信完了。

すぐにメッセージの着信音が鳴る。

『マッ◯』

相変わらずの即レス、ワンワード。父らしい。しかしマッ◯って…思わず苦笑する。

スマホをカバンに投げ込みエンジンをかける。車の時計は15:08を示している。さぁて、急いで買い出しして、今日は息子たちの好きなハンバーグにしょう。

窓を全開にして軽快に発車する。ほんのり、黒蜜の香りがした気がした。


「キミは変わらないね。」

写真の中の百合子はあの頃と変わらず、目尻にいっぱい皺を作って目を細めている。

「あなたはすっかり素敵なグレーヘアーね。羨ましいわ。でも、ちょっとお腹がおっきすぎるわね。」

なんて言いそうだ。百合子は僕の良いところをたくさん教えてくれるが、愛のムチも忘れない。

僕は想像さえしなかった。キミがいなくなる世界のことなど。

あの日。上野の甘味処でトンチンカンな告白をしたあの日。漠然と、お互いにしわくちゃのおじいちゃんおばあちゃんになって、お茶を啜りながらあんみつデートする未来を思い描いた。

キミは大好きな杏は最後にとっておく。だから、僕は一番最初に自分の杏をキミのあんみつの上にのっけてあげる。

「いつもありがとう。杏で始まり杏で終わるあんみつ。なんて贅沢なのかしら。でも本当は知ってるのよ、あなたは杏が嫌いだってこと。」

そっと囁く悪戯な笑顔。あの頃からキミはなんだってお見通しで、僕は「まいったまいった。」と笑いながらも密かに冷や汗をかいた。「こりゃ、浮気のひとつもできないぞ。」と。

そんななんでもお見通しのキミが、自分の体の異変を見逃すはずもなかったろう。

「来週どこか1日仕事休めるかしら?病院の先生に次はご主人と一緒にって言われてしまったの。」

そこに至るまで、一体どれほどの時間キミはひとり抱え込んでいたのだろう。具合が悪い事も、病院にかかっていた事も、何にも気づかなかった自分を呪った。

長く連れ添ったが1ヶ月もキミの顔を見ない日はあれが初めてだった。

担当医から聞きなれない長ったらしい病名を告知され、2人で呆然と帰宅した日から、キミは部屋に籠城して僕と顔を合わせようとしなかったね。

白玉が時々キミの部屋に出入りするのを見て、なんだか妬けた。部屋から出てきた白玉をむんずと捕まえて「おい、百合子はどうしてる。言ってみろ、ほら、吐け、吐けぇぇっ!」と八つ当たりしたら、頻繁に粗相をするようになって大変だった。

「おい、白玉。お前のことだぞ、聞いているのか?」

足元で丸まって眠る白玉をツンツンと足でつつくと、耳だけピロンと動かして相変わらずそっぽを向いている。

百合子が手のひらで包んで連れ帰った泥まみの瀕死の子猫が、今じゃ漬物石も真っ青になる堂々たる姿で、ずっしりと僕の足元を陣取っている。

結局、籠城を解いたのは結子だった。

「冷凍食とか弁当とか、時々食べたり飲んだりはしてるみたいなんだが。もうひと月になる。流石になぁ・・・。」

「マッ○。」

「は?」

「マッ○のハンバーガーセットをコーラで、アップルパイもつけてね。買ったら急いで帰って、声かけてみて。一緒に食べないかって。」

「そんなんで部屋から出てくるかっ!こっちは真面目に相談してるんだ!」憤慨して電話を切った。

唯一の相談相手と頼って電話してみれば、なんて薄情な娘だ。自分の母親が心配じゃないのかっ。どうにも腹が立ち、イライラとテレビをつけてリモコンで当てもなくチャンネルを変える。

ふと指を止めたのは、さっき耳にしたマッ○のCMをやっていたからだ。熱々ジューシーなポテトを見たら、なんだか無性に食べたくなってきた。

しゃくに障るが物は試しでやってみるか。

車で10分のマッ○でドライブスルーをし、結子に言われた通りハンバーガーセットをコーラで2つ。「ご一緒にいかがですか?」に思い出したアップルパイもつけて急いで帰る。

帰宅すると、ポテトがしならないようにすぐに袋から出してテーブルに並べた。

コホン。咳払いをして喉を整える。

「おーい。ゆ、百合子ぉ〜。マッッ○⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ドナルド買ってきたんだが、一緒にどぉだ〜?」

できるだけ自然に声かけたつもりが、自分でも驚くほど声のトーンもアクセントも不自然極まりない。

こりゃダメだ。失敗だ。と、逃げるようにリビングに引っ込んで項垂うなだれた。結子のせいだ。結子がふざけたこと言うから・・。などと大人気なく毒付いていると、ガタガタと部屋から物音がした。

半信半疑のままリビングのドアを見つめる。

カチャリ。

パジャマも顔も髪の毛もぐちゃぐちゃの、ひと月ぶりの百合子がそこにはいた。

一直線にテーブルのポテトめがけてやってきて「いい匂い。食欲がそそられるわね。」と、固まる僕をよそにストンと腰を下ろす。

「孝太郎さん、お待たせ。」

そう言って正面から向き合うその眼差しの強さ。闘う覚悟を決めたキミに、僕も応えなくてはいけない。力強く頷いた。

「じゃ、冷めないうちにいただきましょ。マッッ○⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ドナルドを。」

思わず吹き出したら、一緒にいろんなものも吹き出した。お互いに涙も鼻水もぐちゃぐちゃのまま、年甲斐もなくポテトを頬張る。ひと月ぶりの2人の食卓だった。

「ねぇ、このマッッ○⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ドナルド大作戦。結子でしょ?」

ズバリ言い当てられたが、自分が娘に泣きついたことが気恥ずかしくて「あ、いや、うん。」と口ごもる。

「あの子、大学時代に大失恋したのよ。夏休みだったのもあるけど、1ヶ月くらい部屋に閉じこもって廃人みたいになっちゃって。」

当時まだ会社勤めのサラリーマンだった僕は、始発で出勤して終電で帰宅するような生活だった。こども達は寝ているのが当たり前だったし、毎日クタクタでどんな様子だったかなど気にする余裕もなかった。

「その時にね、マッ○で部屋からおびき出したの。それで、泣きながらポテト食べてる結子に言ったのよ。『落ちるとこまで落ちなさい。ここが底だと思えるまで。そうしたら、もうあとは浮き上がってくるしかないのよ。』って。巡り巡って、今度は結子からその言葉を返されたのね。」

遠い娘を想ってか、キミはしばらく眩しそうに庭を眺めていた。

「そうだったのか。ふざけて言ったのかと勘違いした。」

「孝太郎さん、結子には平気でデリカシーのないこと言うでしょう。心配よ。いつまでも自分のこども扱いして甘えてはダメ。もうたつみさんという伴侶もこどももいるんですからね。」

そう言って、食べ終えた包みを畳みながら眉間に皺を寄せて「めっ!」の顔をした。

ちなみに、その大失恋にまつわる一切は「絶っ対にお父さんだけには言わないでね!絶っっ対よ!!」の話。キミの名誉にかけて知らないを通すよ。

不意に携帯が鳴る。メッセージを受信。

結子からだ。

『お久しぶり。元気にしてますか?今月末みんなで会いに行きます。食べたいもの考えておいて下さい。また連絡します。』

1年も連絡をとっていないとは思えないほど軽い『お久しぶり』だ。でも、その軽さに救われる。何を食べるかなんてどうでもいい。会えるなら食べるものなどどうでもいい。そう思って『なんでも・・』と打ちかけたが、一瞬手を止めてから、ポチポチと文字を消す。

『マッ○』送信。

しばらくするとまたメッセージ音。

『ry』

「まったく。言葉ですらない2文字で返事とは。日本語消滅の危機だな。」

照れ隠しに冗談ぶいてそう言うと、写真の中のキミは呆れた顔で微笑み返す。

「ちゃんと仲直りしてね。」

そう言われている気がして、逃げるように視線を庭に逸らした。

最後に結子がここへ来た日。

昼間の晴天が嘘のように、突然空が真っ黒に染まり、猛烈な雷雨に見舞われた。慌てて取り込んだ洗濯物をリビングの床に叩きつけて、結子はその雷雨の中を車で走り去った。

以来、電話もメールも途絶えた。

あの日の空の色、窓に打ちつける雨音、部屋の隅で毛を逆立てて怯える白玉。時折、雷光で浮かぶキミの顔は涙を流しているように見えた。

思い出したら胸が苦しくなって、思わず目を閉じる。

「いかんいかん。昼の薬、まだ飲んでいなかったな。おやつがわりに飲むか。」

ひとり虚しいおふざけを言って台所に向かい、山ほどの持病の薬を2回に分けて飲み込んだ。飲み干したグラスをコトリとシンクに置いて目を閉じると、あの頃の記憶が蘇る。

百合子がいなくなって僕は壊れてしまった。ただ呼吸するだけの、死んだまま生きている、まさに廃人だった。

いるべき人を失ったこの空間に自分だけが閉じ込められた。それを思い知らされるたびに、心臓が締め付けられた。胸を押さえ、台所の冷たい床にうずくまる。苦しい、だが、それでいい、このまま僕も逝かせてくれ。

白玉がギャーオ、ギャーオと鼻先で呼びかける。目を開けると鬼気迫る白玉が落ち着きなくうろついている。そうか、白玉だけ残しては逝けないか。

結子は頻繁に通ってきていた。死にたい僕を死なせないために。騒々しく家事をしながら、やかましく説教をし、無理やり車に押し込んで病院に連れて行く。

「病院なんて要らない。長生きなんてしたくない。」

「長生きなんてしなくていいわよ。でも、痛いのは嫌でしょ?痛くないように薬だけもらって、早くお母さんに会いに行ったらいいわよ。」

とんでもない事を飄々と言う恐ろしい娘だ!ほとんど死ねと言っている。

「苦しい〜、もうダメだ〜、いよいよだ〜、さようなら〜。なんて四六時中電話されるこっちが迷惑なの。」

お前に流れる百合子の血は一体どこへ行った?

心の中でそう叫びつつ、それが結子なりの愛情だと分かっている。実際「長生きなんてしなくていい。」そう言われて心底ほっとしたのだ。会えば誰もが百合子さんの分まで長生きしろと言う。百合子なしで長生きする意味などないのに。

言葉にはしなくても、結子には感謝している。こうして通ってくれることも、突然押しかけても「仕方ないわねぇ」と言いながら迎え入れてくれることも感謝しているのだ。そう、分かっていた。その優しさも、大変さも。

それなのに心無いたった一言で僕は娘を失ったのだ。

あれは百合子が逝ってもうすぐ1年が経つという頃だった。

「とりあえず、事故の事後処理は保険屋さんが一切やってくれるそうだから。幸いお相手も怪我はなかったし。不幸中の幸いだったわよ。」

ゴールド免許だった僕はコンビニの駐車場でバックする際、動き出した隣の車に気づかず車を擦ってしまった。

すぐに警察を呼び、相手方も自分の不注意を認め円満に解決できた。

うっかり電話でそんな話をしたら、心配した結子が様子を見にやってきたのだ。

「車なしで生活できないのは分かるけど、乗る時には今の自分は正常な精神状態じゃないんだってこと、忘れちゃダメよ。私もいつもそう自分に言い聞かせて運転するようにしてる。」

「そんなことは言われなくて分かってる。年寄り扱いするな。」

「また、そんな憎まれ口叩いて・・。やだ、なんだか雲行きが怪しいわね。洗濯物取り込まなきゃ・・」

と同時にバチバチと大粒の雨が窓を打ち始める。「きゃー、待って待って。」手早く洗濯物を取り込んで窓を閉めた結子が言った。

「とにかく、年も年なんだし運転にはくれぐれも気をつけてね。巽も心配してたんだから。」

「別に巽くんに心配してもらう筋合いはない。」

咄嗟にどうしてそんな言葉が口をついたのか。自分でもはっとした。

濡れた服を払っていた結子の動きが止まる。眉間に皺を寄せたまま真っ直ぐにこちらに目を向ける。

「・・なんて?」

「別に巽くんの世話にはなってないだろ。」

本音ではない。が、この重い空気の中で逃げ場を失い、苦し紛れの言葉がついて出てしまうのだ。

「いい加減、自分ばかり可哀想がるのやめなさいよ!」

結子の叫び声だったのか、雷の音だったのか、激しい衝撃が全身を貫いた。


今、私は実家の玄関前で仁王立ちしている。

来週の命日を前に色々と片付けが必要だろうと弾丸でやってきた。父に連絡はしていない。来てはみたものの、やはり気まずいものがあり、こうして仁王立ちをしているのだ。

大きく深呼吸をして腹を括る。

一応インターホンを鳴らすが、応答を待たず扉を開けた。案の定、鍵はかかっていない。不用心だからといくら注意しても、ヘルパーさんたちの出入りがあった頃の癖が抜けないらしい。

久々の実家はとても懐かしい匂いがした。住んでいる時には感じないのに、離れてみるとその独特の匂いを感じるのだから不思議だ。

「ただいまぁ。お邪魔しまーす。」奥に届くように大きな声をかけ靴を脱ぎ、そのまま廊下を進んでリビングのドアを開けた。

そこにはダクダクと大汗をかきながらソファーを移動する父の姿があった。

「え、何?模様替え?」

「おう。来たのか。狭いからスペース作らなくちゃと思ってな。」

「ひとりでは無理でしょう。ちょっと待って反対側持つから。せーのっ!」

ソファーを移動し、その下に降り積もった数年分の埃を掃除機で吸い取ると、訪問わずか10分にして背中を汗がつたう。

「ね、ちょっと。一旦お昼にしない?マッ○買ってきたの。」

父は首から巻いたタオルで顔中の汗を拭きながら無言で笑っている。

手を洗い母にお線香をあげる。相変わらず写真の周りには花がたくさん飾られていた。仏壇というものはないが、写真と位牌のあるその場所に父は決して花を絶やさないのだ。

「お母さん。お待たせ。」心の中でそう呟くと「もう、待ちくたびれちゃったわ。」と、母が笑う。

「お父さん。もう先に言っちゃうわね。アレはない。傷ついたし、悲しかったし、何より腹が立った。でも本音じゃないことくらい分かってる。分かってるはずなのに、余裕がなかったのね・・。酷いこと言ってごめんなさい。そのまんまひとりぼっちにしてごめんなさい。」

父は俯いたまま萎びたポテトをつまみ続けている。

「巽くんは元気か?」

「うん、今なぜか将棋にハマってる。」

「そうか。たまたま会津のいい酒が手に入ったんだ。一緒に一杯やるの楽しみにしてる。」

見れば、部屋の棚の上には化粧箱入りの日本酒。巽の好きな銘柄だ。

母が「たまたまよ、たまたま」と笑っている。その母の足元にはいつの間にかやって来た白玉が丸くなって眠っている。まるで漬物石のようだ。

「お父さん、白玉がヤバい!」

そう言って振り返ると、父は慌てて首からかけたタオルで涙を拭った。


4月29日。母の命日。

母のもとに家族3世代が勢揃いしたのは、四十九日以来のことだ。

久々に孫たちに会った父は「いいだろう?自慢のグレイヘアー。白玉とお揃いだぞ。」とおどけて見せた。

食卓にはお寿司、フライドチキン、ピザにとんかつと、完全カオス。各々が好きなものを好きなだけ食べ、激しくも賑やかな団欒。

食後にこどもたちがドーナツを頬張る中、大人ブースのデザートは母直伝の味『黒蜜たっぷりのところてん』。巽も義理の妹も黒蜜で食べるのは初めてだと、やや警戒気味に口に入れ「斬新だ」と微妙な評価をした。

「懐かしいなぁ。初めて百合子に出された時は、びっくりして豪快に吹き出して。まさか黒蜜とはなぁ。」

「私は生まれた時からもう黒蜜だったけどね〜。ところてんなんてもう随分食べてないけど、なんだかふと食べたくなっちゃって。」

懐かしくて切ない味。斬新な味。

デザートを食べ終わると、父は巽さんと縁側で将棋を指し始めた。たまたま手に入ったという巽さんの好きな日本酒をちびちびやりながら。

写真の前に黒蜜のところてんをお供えしながら「お母さん。ありがとうね。ご覧の通り、この家は相変わらずみんなでごちゃごちゃやってます。」

「やれやれ。みんな意地っ張りで困っちゃうわね。」と母が笑う。

足元で丸まってる白玉は、近頃はもうほとんど動かない。

「ありがとう、白玉。ずっとお父さんのそばにいてくれて。」そっと背中をさする。

白玉は目を開けることもなく、尻尾を打ち付けることもない。それでも、プルンと耳をはためかせた。

「ホント世話がやける親子だニャー。」なんて聞こえてきそうだ。

それから三日後、白玉は静かに息を引き取った。

今では花に囲まれた母の笑顔の横に、白玉のムッスリとした顔が並んでいる。

リビングの柱には、その後も入れ替わり立ち替わり遊びに来る孫たちの身長記録。その細かな線が、ついに父を追い越した。


エピローグ

『その古書店』は住所不定。

いつ、どこで開店するのか。それは誰も知らない。

名前すらない『その古書店』の蔵書はたった1冊。

都市伝説のようにそう語られる。

もしかしたら、誰もが一度は『その古書店』に訪れたことがあるのかもしれない。

今日もどこかで『その古書店』の扉のカウベルが静かに響く。

カランコロン。

「ようこそ。お待ちしておりましたのよ。」


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