短編小説・朗読劇シナリオ『月の記憶』
あらすじ
これは100億年以上にわたる一途な恋の物語。遥かなる宇宙のとある銀河。数多の生命をその内に宿し、育み、青く輝く惑星。時に激しく、時に儚く、彼女はその命の光を揺るぎなく輝かせる。ボクはそんな彼女の傍らを公転しながら、静かにその生涯を見つめ続けた。
キミを抱きしめたい。ほんの少しでいい、キミの柔らかな大気に触れたい。でも、それは決して叶うことのない願いだった。
プロローグ
はじまりは「ちり」だった。
ちりが集まって小さな欠片となり、さらに大きな塊となる。
やがて巨大な衝突の中でボクは生まれた。
以来、ボクは此処からずっと君を見つめ続けている。
第一幕
キミの産声は凄まじかった。
大地を震わせ、灼熱のマグマを噴き上げる。小さな体を紅潮させ、絶え間なくそのエネルギーを爆発させた。
やがて大気と海に優しく包まれて、キミはスヤスヤと穏やかな寝息を立てる。不思議だ。どんなに離れていても、寄せては返すキミの心地よいリズムを感じる。とても安らかな気持ちになる。
漆黒の宙の中、キミの放つ光はあまりにも淡く儚げで。簡単に壊れてしまうんじゃないかって思ったら、胸がぎゅうって苦しくなった。ボクは初めて「怖い」を知った。
そんな時だった。宙を切り裂き猛烈なスピードで近づく巨大な彗星。それは真っ直ぐに音もなくボクの目の前を通過して、吸い込まれるようにキミに落下した。ボクは成す術もなくただそれを見ていることしかできなかった。
激しい衝撃波から一拍。
目を覚ましたキミは咆哮し、瞬く間に彗星を飲み込んだ。
そのままキミが弾け飛んでしまうんじゃないかって、怖くてたまらなかった。そんな心配をよそに、キミはそれを咀嚼し核深くに沈ませた。いつの間にか、キミは赤子ではなくなっていたんだね。
いつしかキミはその体にいくつもの小さな光を宿した。その光は少しずつキミに特別な輝きを与えた。今でもあの瞬間を思い出すとボクの心は震えるんだ。
夜明け前。白んでくる宙。まばゆい太陽の光を冠したキミの、深く澄んだ美しい青さ。
青い惑星が誕生した瞬間。
そこからのキミの成長ぶりは目を見張るものがあった。一斉に芽吹いた生命は多様で、色鮮やかで、何より生きる歓びに満ち溢れていた。その腕いっぱいに彼らを抱いて慈しむキミの澄んだ輝きがボクには眩しかった。
それでも若いキミの躍動の中で、時に彼らは滅びあるいは置き換わる。どうか悲しまないで。彼らは命を繰り返しながら、儚くも逞しくひたむきに明日を繋いでゆく。
キミがすっかり成熟して静穏な時代を迎えたころ、興味深い種が現れた。彼らほど僕を魅了した種はいなかったよ。
第二幕
実に興味深い種。
「子孫を残すために生存する」それ以外のことに大いに命を燃やすものたち。
その歩みはかつてなく速かった。
語り、争い、奪う。
造り、壊す。
思考し、技を磨く。
音を奏で、歌い、踊る。
描き、彩り、綴り、紡ぐ。
喜び、怒り、悲しみ、楽しむ。
それまでの種と異なり、彼らの営みは無駄だらけ。しかもその欲望は満たされることがない。ボクはそんな彼らの「生き方」から目が離せなかった。
ある日、ついに彼らはボクの元へと降り立った。想像以上に小さく脆い生命体。本来その肉体はこの宙には耐えられない。彼らは知と技でそれを克服し、遥か遠い地上から宙を渡りボクの元にやってきたのだ。
ねぇ、キミが彼らをボクの元に遣わせたのかい?
ねぇ、小さき者よ。ボクの大好きな彼女の事を教えてよ。
その温もりを、音色を、色彩を、柔らかさを、猛々しさを。
束の間、ボクは彼らを地表に感じることができた。吹けば飛ぶほどの小さな物体。そんな小さな物体が意志をもって活動する。そして何より、その小さな物体は確かにキミの奇跡の輝きを受け継いでいる。
さぁ、気をつけてお還り、小さき者よ。彼女の元へ。
再びキミの躍動の時が訪れた。大地は割れ、海が溢れ、炎が彼らの築いてきた地上の文明を焼き尽くそうとしていた。これまでもそうであったように、多くの種がその変化の中で絶えてゆく。
が、今回は今までとは違う。運命に抗い、未だかつてない行動をした者たちがいたのだ。
まるで宙に吐息をつくように、無数の光が放たれた。未来を託された船が一斉に飛び立ったのだ。自ら安寧の地を探し求め旅立とうとしている。明日を生きるために。生き続けるために。
やがて光は河のように連なって、ゆっくりと遠ざかってゆく。
さようなら、こどもたち。どうかその旅が安全でありますように。彼女から受け継いだ尊い光が絶えることがありませんように。
そう願いながら、光の河が遥か彼方に見えなくなるまで見送った。
大丈夫、キミの願いもちゃんと彼らに届いているさ。彼らはキミのこどもたちの中でも、特別強くて逞しいこどもたちだからね。
最終幕
あれからどれほどの時が流れたのだろう。
いつしか地上は乾き、一面砂で覆われてしまった。あちこちで嵐が起こるが、もう壊れるものさえない。
ただ砂が舞うだけ。
訪れた長い夜はますます暗く染まってゆく。
ねぇ。今ならボクの声が届くかな?
覚えているかい?ボクたちは一粒の砂のような小さな「ちり」から生まれたんだ。
あの時、想像できた?これから生まれるあの豊かで美しい生命の温もりを。生きる歓びに満ち溢れた大気を。
時に愚かで残酷で、それでも決して生きることを諦めない、愛おしい生命の瞬きを。
キミは特別だ。
この漆黒の宇宙の中で、ボクはキミほど美しい惑星を他に知らない。
キミほど愛に満ちた惑星を他に知らない。
永い永い時をキミと共に生きて、ボクはね、本当に幸せだったよ。まもなくボクらの機能も止まる。やがて太陽が全てを元に戻すんだ。
----その時。キミがひときわ強い光を放った。
永い間ボクらを隔てていた力が緩むのを感じる。ぐらりとボクは傾いた。キミの引力がボクをゆっくりと引き寄せる。
あぁ、ずっとずっとこの瞬間を待ち焦がれていたんだ。
キミに触れたい。キミを抱きしめたい。ボクはキミのことが・・・
真っ白で、温かく、柔らかい光に包まれた。
今、ボクらは「ちり」に還る。
end
あとがき
そうだ、絵本を描こう!と思ったのは数年前。
世界遺産の登録基準(ⅷ)「生命の進化や地球生成の歴史」の学習中にインスパイア。
題材は地球46億年の歴史と100億年後の未来。
太古の昔、アノマロカリスが、ダンクルオステウスが、イクチオステガが、ティラノザウルスが君臨した時代。
それぞれの時代の環境に適応したそれぞれの生命体があって、『豊かな地球』とはそれぞれに異なるものだった。
46億年もの時をかけ絶滅と進化を繰り返し辿り着いた現在の地球。
その姿は永遠ではない。
全ての生命にはじまりと終わりがあるように、惑星や太陽にも寿命があるのだから。
それは当たり前の事かもしれないが、なんだか目からウロコで色々と合点がいった。
カンブリア生物や恐竜と同じく、人類史も地球史にとっては瞬間的なもの。
人類にとって快適な生存環境としての『美しく豊かな地球』が、地球としてベストな環境とは限らない。
その上で、今、目の前にある地球の輝き。
そこに育まれる生命のありようが、いかに奇跡的で尊いものであるか。
そんな想いからイメージした物語。
絵本といいながら、絵は描けず、ひとまず文章をおこしnote上で発表したクリクリ初めての完結作品。
今回の創作大賞チャレンジにあたり、地球に恋した月の一途な物語として加筆修正しました。
朗読、読み聞かせのシナリオとしてオールカテゴリー部門にて応募します。