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創作『冥界ホテル』お客様#2-7

東の空が暁色に染まり始めた。

エインガナは一言もしゃべらず、ただ静かに大樹のそばに佇んでいる。

目が眩むほどの輝きを放って、朝陽が顔をのぞかせる。

そのまばゆい光がゆっくりと湖の水面を渡り、大樹の根から幹、その枝の先までを照らし出した。

その奥に広がる深い森が朝陽の下、一斉に目覚めてゆく。

朝露が光を浴びてキラキラと輝く。

朝を待ち侘びた虫や鳥、動物たちが駆け回り始めた。

生命に満ち溢れた世界。

かつて失われかけ、エインガナたちがその命を代償に守り抜いた世界。

わたしもその尊い世界に生み落とされた命のひとつなのだ。

「ミンナ、イヨイヨダヨ。」

昨晩、英雄エインガナの物語をおねだりしたネズミカンガルーが呼びかける。

森中が、木々も、草花も、虫も鳥も動物たちも、みなが一斉に大樹を見つめる。

「エレマニ。コノモリノ、イダイナハハ。アリガトウ。ダイスキダヨ。」

言葉はなくとも、今ここにある全ての生命が、彼女を想い祈るのが分かった。

大樹エレマニは、今、永遠の眠りについたのだ。

喉の奥が熱い。泣くまいと、必死に唇を噛み、息をおし殺す。

「やっぱり!!エインガナ、あなただったのね。」

突然の声に、目を見開いた。

大樹から小さな光が飛び出して、傍に佇むエインガナに語りかける。

「エレマニ。約束したろ。いつか必ずキミのもとに帰ると。」

「そうね。覚えてる。でも、それはここじゃないでしょ?」

光は天に昇り、少しずつ遠ざかってゆく。

「わたしたちの約束は未来の約束よ。過去じゃないわ。」

「そうだね。必ず見つけるよ。世界のどこかで、キミを。」

「わたしも、あなたを見つけてみせるわ。またね、エインガナ。大好きよ。」

そのまま光は小さくなり彼方へと消えていった。

エインガナは長い首を伸ばし、しばらくその空を見つめていた。

「カケル。待たせたね。さぁ、戻ろう。」

「はい、承知しました。お時間も今なら充分間に合います。」

背後から明るい声が聞こえた。

「ネェネェ、ミテヨ。エレマニノ、アカチャン!」

ネズミカンガルーが、大樹の幹の小さな小さな新芽を見つけて、嬉しそうに叫んだ。


「お帰りなさい。」

ナムタルがいつもの笑顔で迎える。

ホッとして顔が崩れかかるが、涙と共にぐっと堪える。

泣くものか。お客様のお見送りはまだ終わっていない。

口を真一文字に引き結び、鼻で深呼吸してからクワッと目を見開いた。

目の合ったナムタルが、顔を引き攣らせて逃げ腰になっている。

怖がるな、ナムタル!

火の玉だったエインガナは、程よいサイズのドラゴンの姿でカウンターの前に立っている。

「世話になったな、カケル。ありがとう。」

「お役に立てたなら嬉しいです。あの…、わたしこの世界に生まれてこれて、とっても幸せです。ありがとうございました。」

エインガナは優しく目を細めた。

静かにナムタルが声をかける。

「では、お客様。当ホテルをご利用いただき、誠にありがとうございました。お出口はあちらです。」

長い首でゆっくりとお辞儀をして、翼を広げ出口へと飛び立った。

光の扉が閉まる。

…………。

扉を見つめたままナムタルが片手で差し出したハンカチを、やはり扉を見つめたまま片手で受け取り、思いっきり鼻をかんだ。

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クルクリ
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