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ボルボ850エステートのデザイン解析#2〜タランティーノが作ったワゴン??

目次
持ちつ持たれつなデザイン
ドイツワゴン群とボルボの違い
黒く塗り忘れたドアピラー?いやいや。。


持ちつ持たれつなデザイン
 前回まで、失礼ながらボルボ850のデザイン上で『チグハグ』な点を挙げてきました。ここで誤解してもらいたくないのはそれでボルボ850がデザイン上ダメとは言うつもりは無いです。デザインオタクを自認しつつも、とりわけ意識はしていなかったその存在は目にしていて、ボルボ史の中でマイルストーンになっていることは知っていました。ただ遠巻きに見えていた佇まいや雰囲気。聞かれるイメージを元にその姿を見つめると、それを強力に裏付けるデザイン要素が浮かび上がらないのが正直驚きです。
 社会自動車デザイン論者として、マツダ3のデザイン解析記事で述べた様に陽デザイン要素と陰デザイン要素を区別して考えます。街中で走る姿を見て、あとで頭の中でイメージした姿は陽デザイン要素が強く反映されます。陰デザイン要素は陽デザインの補完作用があり、その車のデザイン意図が工業製品として、車としてきちんと成立している説得力を備えています。
ボルボ850は『ボルボは空飛ぶレンガ』『安全な車』と言われるだけのがっしりした箱型のシルエットを持っていますが、箱という記号性を超えた、箱型自動車が求められがちな堅牢性を示すデザイン要素が無いのです。
箱を構成する辺(板金の曲げ)は細く主張も弱い。鉄板の曲げRは結構な精度を要求しそうな程小さく、俯瞰すれば鋭利です。反射する太陽光も収束されて鋭く走ります。それもほぼ全ての角で一定の秩序を持っています。鍛えられた豊かな面で構成されたどっしり頼もしいイメージは与えないけれど、全ての鉄板の曲げ具合がきちんと統率されて管理されている様は信頼をおける存在に映るのでは無いでしょうか。そうなると同じ欧州車で、わかりやすいゴツんとした形でかつ安全を謳っているのに、『質実剛健』とはボルボになかなか当てはめない理由が見えてきますね。
 前述の若干アメリカンな雰囲気なライトとグリルの関係。またはぼてっとしたバンパーの醸し出す緩さはボデー板金が持つ緊張感と比較して見事なコントラストの転調を効かせています。どちらが陽か陰かはない。デザインの主従関係がなく、各々が持つベクトルの違うデザインテイストが協調して成立しているのはスウェーデンという国を反映しているのかもしれませんね。

ドイツワゴン群とボルボの違い

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 よくよく考えれば、ステーションワゴンが自動車レースで活躍する意外性はあっても、違和感はない850の持つデザインの実力は奥深いものがあります。これは我が日本が誇るスバルレガシィツーリングワゴンにも通じることではあります。レガシィはスバルという家柄に生まれた事も当たり前に性能が高いことを期待します。ボルボ850は単品で『そう見れば確かに運動神経は悪くなさそうだよね』というイメージが浮上してきます。なぜでしょう。
 例えば働く車の代表ワゴン。プロボックスがレース参戦と聞けば、デザイン含めてそれは違和感があると思われます。決して性能が低いとは言いません。むしろ軽くて、高い耐久性からくるしっかりした足回りそして全高も低くその素質はあるー。けれどこれはあくまで車を知っている人の総合判断です。850はその佇まいだけで、高性能がもたらす乗用車としてのプラスαの恩恵を一般人が受けられる期待を持てます。
 ネットでボルボ850と同時期のステーションワゴンを見てみると、メルセデスやBMW にもちゃんと設定はあります。ただいずれのジャーマンワゴンの基本はクーペのごとくリアハッチを深く寝かせた形状が主で、積載性を優先させるべく大きく取られた開口部の隅にテールランプが小振りに両脇に収まっています。90年代は工業製品の精度の高まりに合わせて、デザインがより凝縮、機密性の高い装いを目指していました。それまでのパーツが組み合わさった、各々の境がはっきりした形状から1つの塊を目指していく過程にあります。まだ後ろに跳ね上がるキャラクターラインの躍動感に連なってキャビンを内側に絞って凝縮させる演出は登場していません。セダンなら3つの独立した立派な箱を可能な限りなめらかにつなげる事が命題でありトレンドにもなっていました。
そうするとその派生車であるステーションワゴンというプロポーションは、より精度を高めて端正に格式を帯びつつあるフロント周りと比較して、ワゴン部分が持つ大ぶりな体積と存在感がデザインを間延びさせてしまう可能性があります。ワゴンが直接的にイメージさせる車本来の『労働感』は、せっかく車という機械がもつ積載性を『ユーザーの可能性』として昇華して乗用車に仕立て上げた文化を裏切ります。
太く支える柱。積載力を生活感たっぷりにイメージさせる使いやすそうなリアハッチ。加えて機能以外の意匠性を削がれたテールランプの淡白さも助長させます。緻密な乗用車を印象を与える表情に対してやや原始的で大雑把に映るワゴン部分のバランスを取るべくリアハッチは寝かされたのではと想像してみます。リアハッチを寝かすことでリヤにもう1面が追加されます。そうすると各々の面の面積は縮小され、肥大した体積のイメージを避け、かつ各面をつなぐ辺に意匠を加える自由度が増します。
 その点ボルボ850はむしろ積載性を強く押し出した様な見事な箱。850以前のモデルからその特徴を引き継いでいるのでジャーマンワゴンとの差別化は特別には意識していないと思われますが、前述の“ゆるい”フロント周りの雰囲気とワゴンの労働感が見事にバランスしています。
 補足しておくと。労働が他の仕事と比較して緊張を欠いていると思っているわけではありません。この中での労働感とは車が本来持つ人力を超えた量・速度・力を指します。乗用車として洗練されていく中であからさまにそれらを表現することを避けて、デザイナーの力量と共に、それは車を所有することでの可能性や拡張性として訴求力に変換されていました。車が服飾ブランドと同じ様なステータスシンボルとして階級を持って存在するのは、その可能性の程度が車の根本の性能の程度と連動しているからでしょう。ハイグレードは必ず高性能を与えられ、持ち主の格を反映する機能を持ちます(それを周りがどう思うかはまた別の次元です)。そこに本来付随する労働と醸し出される現実感をうまく遠ざけたのが良くできた乗用車と言えます。

黒く塗り忘れたドアピラー?いやいや。。

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 ーじゃあつまりボルボ850エステートのデザインって、乗用車ではなくガテン系自動車ってこと?ーって思われますね。いやいや、違うんです。
『目にしてみれば乗用車としての雰囲気はきちんとある。それにそれなりに運動神経が悪くなさそう』という思いは特にデザインオタクでなくても合点のいく見た目でしょう。その秘訣はボデー同色の窓枠。ドアピラー(柱)にあります。
 850を愛する人にとって欠かせないポイントではあります。このピラー同色。平成令和を通してもこの様な特徴を持った車は珍しく、ユーザーの目線にかなり近く乗り降りに常に目に付く位置にある特徴。それは愛着発生装置として、長く愛される所有満足感を泉の様に湧かせ続けているでしょう。
 一般的にフロントウインドーを左右で挟むAピラーと、ハッチバック部分のDピラーを除いたドアピラーはサイドウインドーがあたかも1枚ガラスに見える様に黒く塗りつぶされます。
それは衝突安全、居住性や塊感を目指して肥大して凹凸を蓄えた近年のボデーデザインによる乗員への閉塞感を和らげる効果や、行き過ぎる塊感の緩和を促す装置になっています。
車の進行方向を直角に断続して遮るピラーの存在は、車の移動に連動する目撃者の視線の移動に煩く、無意識に車の俊敏性を欠きます。
ボルボ850の凄い所は、ボデー同色による起こりがちなそれらを、前述の線の細い繊細な板金の曲げによって緩和させています。つまり、『強そうに見えない細い折り目で構成された箱』が『がっしり見せがちなボデー同色のピラー』を緩和しているのです。加えて、これまた前述のキャラクターラインが薄くて細い印象をフェンダー上で意識付けたあとにそのままショルダーラインに接続されて、いい意味での軽薄さをボデーサイド全体に発展させています。
 そこまでしても850が表現したかったのは、ピラーによって意識付けられるタイヤの位置とキャビンの重心位置の表現です。斜め前から見た場合、立派に主張するピラーが前後のタイヤを指しています。キャビンに寝かされるAピラーはフロントタイヤを指して、反対にCピラーはリアタイヤを指してそれぞれ居住空間を囲っています。動力を司るタイヤと乗員をつなげるということは850独自の乗用車としての表現に昇華させています。
 偶然か強かな策略なのか、あの製造上の都合として述べたリアドアの弓形に落ちるラインも、箱型ボデーの宿命である散漫になりがちな重心位置をピラーの傾斜と相まってキャビン中央。前後タイヤの中心に据えて印象付けることに成功させています。居住空間に重心位置が一致して印象付けられることは乗用車としては絶対です。デザインが与える乗員の快適性や走行性能の期待値を左右します。

 部分部分を詳しく注視すると絶妙に他と調和が取れていない様なチグハグ感。少し俯瞰すれば統率の取れた繊細な折り目とピラーの構成によって乗用車としての性格が見えてくる不思議。
 遠目には、色付けされたピラーやボクシーな箱型によって、密度の高そうなゴツんとした労働力の高いワゴンとしての記号性を強く感じる。ボルボ850エステートのデザインはやっぱりタランティーノ作品の様なはちゃめちゃだけど何故か纏まるデザインストーリーを持っていると言っていいのではないでしょうか。

次回予告:あのテールランプの秘密(仮)

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