【読書】蒲生邸事件

※あんまりネタばれを含みません

二・二六事件の起きる時代、まさにその現場にほど近い蒲生邸―蒲生憲之元陸軍大将のお屋敷―にタイムスリップし、そこで起きる事件の謎を紐解いていくお話。

 大概タイムスリップというと近未来でサイエンティフィックな印象のある作品をイメージしてしまうが、この作品は違う。漢字で示されるタイトルはむしろミステリよりであり、裏表紙のあらすじから目に飛び込んでくる二・二六事件という文字に重苦しさを覚える。感覚として、歴史を扱うコンテンツの好まれ具合は年齢に比例しがちであり、自分もより若ければ忌避していたかもしれない。
 先に述べておくと、この作品の本筋は史実とは関係ないフィクションであり、諸外国と日本の情勢だとか史実としての二・二六事件の詳細といったムズカシイ部分を要求されるものではない。むしろ知らぬ状態でタイムスリップするという流れであるので気にすることはない。タイムスリップを通したミステリ×ボーイミーツガールだと思って読んでもらってよいのではないでしょうか。
 加えて総じて描写が読みやすく、変に挫かされることもないのですんなり頭に入ってくるのが素晴らしいところ。特に序盤のホテル火災から逃げ惑うシーンでは、その火傷のような緊迫感と足のすくむような恐怖が文章で見事に表現されており、圧巻だった。

エピローグが爽やか

 主人公は昭和十一年の東京にタイムスリップし、そこに暮らす人々と危なっかしくも交流する。事件を交えつつも最終的に互いの理解を深めて現代に帰ることになる。そしてエピローグとしてありがちな「〇〇はその後、××を為して生涯を終えることとなる。」のような答え合わせが得られる。好きなやつ。こうやって過去に思いを馳せる描写を読むと、胸に秋の空気がスッと流れます。ちょっと物寂しいけどうれしいような。
 そして主人公とヒロインの、凡そ60年越しの再会は叶うのでしょうか…。

本気で生きたといえるだろうか

 タイムスリップして、先立つ未来を常に案じて自分や誰かの選択を修正しながら生きていくことができれば、どれだけ安定した過去を作りだせるだろうか。しかし時間を超越して事実を持ち込むなんてのはその時代の人にとってすれば狡いことであり、高慢ならないことだ。それは今を生きることに何ら矜持を持たず、言ってしまえば死んだ後のことしか考えていないも同然なのかもしれない。果たしてこの時代をどのように生き抜いたのか、いやどう生き抜くのかと問われるような物語だった。
 主人公が最後に市電通りで戦車を見たときに感じた無力感は、今まさに歴史の中を歩み生きていることを思い、そしてそこに誇りを見出しつつある兆しではないかと自分は思う。今も流れる歴史の中で、強かに生きる一人の人間として生きることは歴史に全く何の影響もないかもしれないけれど、誰かにいつか届いたらそれで良い。

歴史を感じる とは

 自分は歴史というものに触れたり、知ろうとしたりすることについて、どちらかというと好きな方の部類に入るだろう。昔から何世代にも渡ってあり続けるような、特に歴史の遺物に触れることが割と好きだ。それは今という時代が、決してピンのように孤立して立ち尽くしているのではなく、過去の延長として、地続きになってここに存在しているということを実感できるからだと思っている。そこで息づいていた事実は時間を超えてこの目の前で確かに起きたのだと感じたとき、自分は大きな時間という潮流に身震いするとともに、その中で流れるように生きていることを実感する。

主人公が失礼すぎる

 ミステリパートが途中から始まるのだが、急に主人公が図々しくなる。というかいろいろと失礼すぎる。あっちこっちに顔を出しては意見をぶつけに行く主人公の行動はヒヤヒヤというかイライラする。なんでそんなに躍起になって他人の家の事情に首突っ込めるのかわからないくらいに主人公は身を乗り出してくる。主人公は使用人として蒲生邸に匿まわれるのだが、使用人の立場が当時どれほどのもので、どれくらい許されるのか自分は見当がつかない。しかし難癖付けられてぶん殴られてもおかしくないのでは、という言動が多い。
 例えば上下関係に起因する呼び方。屋敷の使用人は雇い主の家族に対して「旦那さま」だとか「お嬢様」などと呼び方を弁えるものだが、こいつが頑なに従わない。「大将ではなく大将閣下と呼びなさい。」と言われても従わない。逆に時代の異端者であるくせに現代の価値観を押し付けようともしてくる。なんだこいつ。
 恐らく主人公は時間旅行者という、『歴史』に対して不遜で高慢な存在であるという表現だったのではないか?と勝手に結論付けたけれど、それでよいのかなんとも言えない。
 あと主人公からヒロインである"ふき"への感情が一方的すぎないか?一応助けたいと思う大きなきっかけとなる描写はあるものの、そもそもなんでこんなにふきに肩入れするのかわからんくらいグイグイくる。「惚れたら一直線だぜ」という空気は執筆当時では当然のものだったんすか?
 主人公の為人や家族背景の描写はしっかりと記されているが、どうもその印象と行動がしっくりこなかったと感じた。

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