2ha非公式自己流和訳 279.【死生之巅】余生付雪夜 上

 2022年2月26日19:32:42 更新



 南屏なんへい幽谷ゆうこくにて。

 夜が更けて、茅屋の外でぽろぽろと舞い落ちる新雪。
 
 ここ数日、墨燃モーレンの傷はどんどん悪化していき、楚晩寧そばんねい花魂献祭術かこんけんさいじゅつを使っても、効果はほとんどみられなかった。
 彼は午後に一度起きたが、ぼんやりとしていて、意識がはっきりしていなかったようだ。彼は目を細めて、楚晩寧そばんねいを見ると、ただただ泣いて、ごめんなさいと、行かないでを、何度も何度も繰り返し言い続け、最後は悲しみのあまり泣き声さえ出せなくなった。

 彼はずっと夢をみていて、自分の慌ただしい月日の中を往来していた。
 自分がまだ薛正雍せつせいように拾われたばかりと思い込んだり、楚晩寧そばんねいを失う五年間に入り込んだりと。
唯一夢で見ていないのは、八苦長恨花はっくちょうこんかに奪われた記憶と。支払った代償、守ったものと、その無垢さすべて。
 「墨燃モーレン……」楚晩寧そばんねいは出来立てのおかゆをもったまま、寝台の横にきた。
 おかゆの味は、なんとか食べられる程度の、前世の記憶による賜りものだ。
 彼は寝台の横で腰を下ろし、手を伸ばすと、墨燃モーレンの額に当てた。
 熱すぎる。
 彼は彼を呼んでみたが、どう呼んでも目を覚ましてくれなかったので、楚晩寧そばんねいは待つことにした、しかしお粥がだんだんぬるくなって、冷めていくのをみて、こうしちゃいけないと思い、おかゆを温水で温めておくことにした。
 墨燃モーレンがいつ目を覚ますかわからない、でももし彼が目を覚ましたら、これですぐにものが食べられるようになる。
 「鶏汁で煮込んだもので、そなたの好物だ。」楚晩寧そばんねいは 彼に囁いた、心臓の鼓動を維持する霊力法術を中断したことはないのに、墨燃モーレンの目は覚めないまま。
 目が覚めない、つまり霊力を中断すれば、彼が二度と目を開けなくなる可能性がある。
 こんなの助かるはずがない。
 しかし悔しいんだ、諦められるわけがない。
 墨燃モーレンはまだ生きてる、微かではあるが息がある。ここ数日、楚晩寧そばんねいは昼夜問わず彼のそばで見守っていた、息で起伏する胸元を見てると、まだ希望があるように見えて、すべてがまだ最初からやり直せるように思えた。
 まだ間に合う。
 楚晩寧そばんねいはまだ覚えてる、とある日の夜中に、墨燃モーレンはうとうとのまま目を覚ました、その時部屋の中に灯火がついてなかったからか、墨燃モーレン燭台しょくだいをぼーと眺めて、乾燥した唇を震わせていた。

 彼はその時感激で、思わず墨燃モーレンの手を握って聞き返した「なんだって?」
「……あかり……」
「なに?」
「……あかり……あかりがほしい……」墨燃モーレンは自分では到底つけることのできない燭台しょくだいをみて、一筋の涙を流した「灯りがほしいんだ……」
 その瞬間が、過去と重なった。
 まるであの時のように、入門したての頃、墨燃モーレンが病にかかった時のことだ、やせ細った小さな少年はもうろうとしたまま、寝台に横たわっていた。
 楚晩寧そばんねいが見舞いに行った時、彼はちょうど小さな声で辛そうにおかぁのことを呼んでいた。
 どう慰めればいいのかわからず、楚晩寧そばんねいは寝台の横に座り、戸惑いながら手を伸ばし、少年の額を撫でた。
 小さな子供は泣いた「暗い……どこもかしこも暗いよ……おかぁ……僕、お家に帰りたいんだ」
 最終的に楚晩寧そばんねい燭台しょくだいの灯りを付けた、灯火はきらきらと壁を照らして、楚晩寧そばんねいの顔を照らした。光の暖かさを感じたからか、高熱を出しているその子のうるうるとした黒く光る目がぱっと開いた。
 「師尊しそん……」
 楚晩寧そばんねいは応じた、彼の布団をかけなおすと、穏やかで、優し気に「墨燃モーレン、灯りが点いたんだ……怖がるな。」
 歳月が巡り、一粒の孤灯ことうが再びそびえ立ち、暖かい黄色い光の輪が茅屋を満たし、終わりなき暗闇と寒さを追い出した。
 楚晩寧そばんねいは彼の鬢髪びんぱつを撫でると、かすれた声で「墨燃モーレン、灯りが点いたんだ。」
 彼は続けてこう言いたかった、怖がるな、と。
 しかし喉が詰まり、それを口に出すことはできなかった、涙が落ちないように我慢していたが、額を墨燃モーレンとこすり合わせると、涙腺が崩壊した、彼は涙声を抑えて「灯りが点いたんだ、目を覚ましてくれないか?」
 「反応してよ、頼む……」
 花のような蝋燭ろうそくの最後と蝋涙ろうるいはまるで夢景色のように美しく、華やかで透き通る灯りは、油が尽きて光が枯れるまで燃え続けた。
 その後朝日が昇り、窓の外が明るくなっても、墨燃モーレンは目を開くことはなかった。灯火ひとつで、眠りの少年を呼び覚ませる歳月は、すでに過ぎ去っていた。
 二度と戻ることはない。
 さらに三晩みっかが経った。
 ここ数日、楚晩寧そばんねいは毎日寝台の横で彼を見守って、世話をして、彼に付き添い、霊力を送って、彼が忘れたことを聞かせていた。 
 この日の夕暮れ、暮雪ぼせつはすでに止んでいた、窓の外で輝く一輪の夕陽が、夕映えを大地に振りまいた。一匹のリスが雪の積もった梢から躍り上がると、その連動で白梨がゆれて、結晶がきらきらと舞い落ちる。
 寝台で横になっていた男はすべてを包み込むような慈悲深い暮光ぼこうに照らされて、夕焼けは彼の蒼白で憔悴した顔に血の気を与えた。薄い瞼の下で、瞳が微かに動く――そして、日が暮れそうになった時、彼はゆっくりと目を開いた。
 目を開けたが、まなざしは呆然としていて空っぽだった、楚晩寧そばんねいが疲労困憊した顔で寝台の縁に体を預けて浅眠をしている所を見るまでは。
 墨燃モーレンはかすれた声で呟く「師尊……」
 彼は布団の深くに寝かされていた、意識が徐々に浮上し、やがて、夢うつつ状態の時、楚晩寧そばんねいから聞かされたあれらの話を微かに思い出す。
 中秋の酒、海棠の手ぬぐい……あとあの時紅蓮水榭こうれんすいしゃで、彼が彼の代わりに植えられた八苦長恨花はっくちょうこんか
 これは夢なのか?
 もしかして彼があまりにも救いを求めていたから、楚晩寧そばんねいからそういう話を聞かされる夢をみたのか?それとも彼が元通りの日々に戻りたいと切に願うから、楚晩寧そばんねいが彼の罪を容赦し、彼を許す夢を見たのではないだろうか?
 彼は顔を横に向け、手を伸ばして熟睡するあの男に触れたかったが、指先が触れる前に、手を引っ込めた。
 触れて、夢が壊れるのが、怖い。
 彼は未だ天音閣に囚われていて、懺悔台で跪いて、罵詈雑言を飛ばす観客と向かい合っていた。独りで万人の前で跪いたまま、その人達の顔が段々とぼやけて、一人一人彼の手で死んだ冤魂へと変わっていくのを見た。
 彼を欲する人と、救う人など誰一人としていなかった。
 彼は厚かましさ、大それた望み、魔が差した狂った心で、楚晩寧そばんねいが来るのを幻象した——それは心臓をえぐられる激痛のなかで、彼が幻象したこの世での最後の灯火。
 まぼろしだ。
 鎖を切り割く人は一人もいなかった、
 抱きしめてくれる人は一人もいなかった、
 風に乗ってやってくる人は一人もいなかった、
 家に連れて帰る人は一人もいなかった。
 まつげが震える、彼は涙ぐんだまま目を凝らして、楚晩寧そばんねいの寝顔を眺めた、瞬きするのが怖い、彼は目の前が朦朧して、涙が落ちるまで瞬きひとつできなかった。
 楚晩寧そばんねいの倒影が無数の煌びやかな光へと砕け散った、彼は慌てて彼が見たいい夢を確かめた。
 夢はまだ終わっていない。
 墨燃モーレンは無力なまま寝台に横たわっていた、まつげが濡れていて、喉が詰まって、涙がとめどなく目尻から流れた……胸元が痛い、血が延々と溢れ出している、ようやく浅眠についた楚晩寧そばんねいを起こしたくなくて、唇をかみしめて静かに泣いていた。
 目は覚めたが、自分の体は自分が一番わかっている。彼はわかっているんだ、これは一時的なもので、回光返照かいこうへんしょうだ。
 天がくれた最後の憐れみでもある。
 彼墨微雨モービウは人生の半分以上をびくびく過ごし、狂ったまま一生を過ごした。手に染めた血と悪名から逃れることはできないが、人生の最後を迎える前に冤罪だと判決された。突然の変化に彼は茫然自失な気分に陥り、不安すら湧いてきた。
これが幸か不幸かわからない。
不幸とはこの二回の人生とも慌ただしく間違っていること。
幸運なのはやっと安寧が訪れて、彼は余生を穏やかに過ごせること。
しかし余生とはあとどれぐらいのことなのか?一日?二日?
それは彼が命と引き換えに得たものだぞ。
――手に入れたことのない安寧の時間だ。
 その後楚晩寧そばんねいが目覚める物音に気付き、彼は慌てて涙を拭った、師尊に泣いてるところを見せたくないからだ。
 墨燃モーレンは振り返って、横にいるあの人のまつ毛が震えて、鳳眼ほうがんを広げて、目の中に自分を映すのを一つ一つ食い入るように見る。
 太陽が沈み、北斗星が回る。
楚晩寧そばんねいが乾いた喉で小さな声で呼んだ「モー……レン?」
 その声は穏やかで優しく、まるで春の芽が土を破るように、氷河が初めて溶けるように、火鉢で丁度良く温めてある酒のように、立ち昇って一面に広がる一筋一筋の水蒸気のように、火傷するぐらい心が温まる感覚。それは彼が一生忘れられない心に染み渡る声だ。なので墨燃モーレンはシーンと黙った後、笑った。
 「師尊、起きましたよ。」
 清夜に風雪なし、余生は長い。
 この日の夜、南屏なんへい山の深谷しんこくにて、墨燃モーレンはやっと二度の人生の中で一番気楽で柔らかい時を迎えた。目が覚めて、楚晩寧そばんねいの眉と目元にある驚きに喜びと悲しみが見えた。目が覚めて、寝台に座って後ろに寄りかかり、楚晩寧そばんねいに好きなように、彼に言いたいことややりたいことをさせて、あれこれの経歴と誤解を聞く。

彼にとってはそれは全部些細なことだ。

ただこの体が、もう少し持ってくれ、持ってくれと願うばかり。

「もう一度傷口を私に見せてくれ」

「見なくていいんだ」墨燃モーレンは笑いながら楚晩寧そばんねいの手を握りしめ、軽いキスを落とす「僕はもう大丈夫です」

何度も拒絶された後、楚晩寧そばんねいは彼を見つめて、急に何かを理解したように、血の気がだんだんと引いていく。

墨燃モーレンは強がって優しく「本当にもう大丈夫なんだ」

楚晩寧そばんねいはそれに答えず、少ししたら、彼は起き上がり、かまどの前に来た。中にある薪は燃え尽きる寸前、彼は墨燃モーレンに背を向けたまま、かまどをゆっくりといじり始めた。

火が再び明るみを帯びて燃え盛り、のちに部屋全体が温まる、しかし楚晩寧そばんねいは振り返らなかった、彼は火ばさみでもういじる必要のない薪をいまだいじり続けている。

「お粥……」

最終的に、彼はかすれた声で。

「そなたが起きたら飲めるように、ずっと温めてたんだ。」

墨燃モーレンしばらく沈黙した後、視線を落として笑う「……晩寧の煮るお粥は久々だな、前世お前が亡くなってから、一度も飲めなかった」

「あまりいい出来じゃない」楚晩寧そばんねいは言う「やはりうまくできない、なんとか……口にできるぐらいの味だ……」語尾が震えて、これ以上言葉が出てこないようだ。

しばらくした後、楚晩寧そばんねいはゆっくりと「一杯持ってくる」

墨燃モーレンは言う「……はい

部屋の中は暖かい、夜が更けると、外はまた断続的な雪が漂い始めた。

墨燃モーレンは粥の入ったお椀を両手に、恐る恐る口に運んでいた、何口か飲む度に、楚晩寧そばんねいを見て、そして再び頭を下げて何口か飲んで、楚晩寧そばんねいを見る。

楚晩寧そばんねいは問いかける「どうした?どこか具合が悪いとこでもあるのか?」

「いや」墨燃モーレンは小さな声で「ただ……もっとお前を見ていたくて」

「……」楚晩寧そばんねいは反応をしなかった、彼は銀の短刀でかまどで焼いてある焼き魚の肉をそぎ落とす、くちどけのいい川魚でも、骨はある、彼は骨を取り除いて、真っ白な魚肉を丁寧に分ける。

昔彼がものを食べるときは、墨燃モーレンがよく世話をしてあげてた。

逆もまた同じ。

彼は分別された魚肉を墨燃モーレンに渡して言う「温かいうちにお食べ」

墨燃モーレンは従順に食べた。

この男が寝台に座って布団を被る時は、若く見える。橙色の灯りで照らされた顔は、とても若い。

この瞬間楚晩寧そばんねいは急に、踏仙君トウセンクンも、モー宗主も、本当は彼より十周り年下だと、意識する。

なのにこんな、沢山の災難に見舞われるなんて。

お粥は飲み切ったのに、墨燃モーレンは一番うまい魚肉をつまみ、楚晩寧そばんねいに食べさせようとした、が、戸惑った「師尊、どうしました?」

楚晩寧そばんねいは俯いた、目元は赤い、彼は気持ちを落ち着かせて、淡々と答える「なんでもない、風邪を引いただけだ」

これ以上ここに座ってたら、どんどん自分を抑えられなくなるのが怖い、なので彼は起き上がり「周りを探索してくる、それ食べたら早めに休んで。傷が治ったらよくなったら、死生之巅に連れて帰るからな」

二人はどちらもわかっている、よくなったらとはただの回光返照かいこうへんしょう、静養するのもただ、その身をもう少し、持たせようとしただけ。

なのに明日だの、将来だのと口々に言う。まるでその後の何十年も慌ただしくこの夜に詰め込むように、今後すべての星の移り変わり余生を、この雪夜で過ごすに尽くすように。




《上》おわり

この章のテーマを曲名とした とあるゲーム会社が二哈とコラボして作った曲を布教させてください。

おすすめ歌い手バージョン 奇然liya

歌詞の日本語訳
@adtsumax_k さん 感謝します。


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