死のエレメント【短編小説】
ゴーレム
水隹だけを残して、流行病で家族がみな命を落とした。
深い絶望を抱きながら魔術を習熟した彼人は、ついに六体のゴーレムを生成することに成功した。そして父様母様と声をかけ、兄と姉と妹二人の名前で呼んだ。ゴーレムに警護や雑務など、本来課すような命令を与えたりはしなかった。また喋れないゴーレムたちに向かい、一方的に話しかけた。創造物たちが、ただそこに存在することを望んだ。
友人や近所の者たちはその様子を見て哀れみ、それらは家族ではないし逃避であるとたしなめた。
しかし水隹には胸に秘密があり、実はゴーレムを故人の名で呼ぶのには正当性があった。彼人は悲嘆に暮れた末、墓地の土を材料にして、埋葬された遺骨ごとゴーレムを誕生させたのだった。
後書き
小説の本文ではなく、後書きの中で戦争が始まった。著者が筆を執った経緯の合間を縫って砲弾が飛び交い、テーマへの言及の節目に白刃戦があった。謝辞に差しかかる前に両軍合わせて3万3562人が戦死し、それを述べ終わる頃には、さらに245人が命を落としていた。後書きは日付を記して終わっていたが、戦争の結末は書かれないままだった。
黒い球
見知らぬ雑然とした部屋にいる。中央に黒い大きな円があるように見えるが、球だと思う。直径は二メートルくらいだろうか。ぼやっとしている。ぼやっとしているのは輪郭ではない。輪郭ははっきりとしているのに、実態がぼやっとしている。死のメタファーのような印象を受ける。目の前に存在するのにもかかわらず、メタファーというのも変な気もするが。しかし、死そのものではないと感じる。おそらく、赤色や青色や黄色や有彩色だったらそうは思わなかっただろう。黒色のような無彩色には「無」という文字が入っており、死にも無の観念がある。私はそこに招かれているという予感がする。また、この部屋で私以外は招かれていないという確信がある。私は右手を伸ばし黒い球に差し入れてみる。ひんやりとしているのは気のせいかもしれない。ともかく、危惧したような嫌悪感はなかった。感情がわずかに波立っているが、それはつつがなく日常を送っていても起こりうることだ。私は慎重に歩み出す。その黒い球の中に、身を委ねて入って行く――。
街の死
ある街が死んだ。住宅や商業・公共施設などの建造物があり、電気・水道・ガス・インターネットなどのインフラストラクチャーが整備され、自治や行政が機能し、人々が日々の生活を営むなかで、静かに息を引き取った。
街の死因は誰にも分からなかった。以前から、住民たちは街の異変に何となく気づいており、口の端にも上っていた。しかし、自分の住んでいる街が死ぬなどとは誰も考えてもみなかった。ところが、街はわずかずつではあるが確実に衰弱していき、ある日ついに生命を終えたのだった。
街が死んだ日、街中がその話題で持ちきりになった。これから一体どうなってしまうのだろう、という不安の声が飛び交った。
また、自治体主導で街の葬儀が催される運びとなった。しかし何しろ前代未聞のことだったので、事前に準備があるわけではなかったし、段取りなどを知る職員もいなかった。急拵えで葬儀委員会が設置され、慌ただしく式典の手配が進められた。
そして当日、葬儀は日本らしい仏教式で執り行われた。本来なら出家して授かる戒名も、この国の仏教徒の多くと同様に没してから与えられた。参列者の数は事前の予想をだいぶ上回り、芳名帳が足りなくなるほどだった。尚、街の死を否認している者たちがいないわけではなく、式の中止を求める嘆願書が提出された。
以降、一カ月以上が経過しても、元総理大臣の訃報があったときなどよりも遥かに深い喪が人々を支配していた。それから、慰霊碑を建立する方針が固められた。
街の死後、その遺骸のなかに暮らすのは心地のよいことではなかった。活気は失われ、治安が悪くなり、形容しがたい独特の腐敗臭がした。住み続ける表明をした者もいたが、早々に転居する世帯もあり、急激に過疎化が進んでいる。それらに対処すべく復興計画を立てようにも、手をつけるべき事案がまったく分からないような状態だった。また残った住民たちにより、せめて明るさを取り戻そうと植えられた躑躅や薔薇の木も、そう日をおかずに皆枯れてしまった。
街は交配で生まれるわけではないので、あと何年か何十年かすれば自然発生的に街の新生児が誕生するはずだと考えられている。しかし、それがいつになるのか予想できる者はいない。
<了>
今年は2次予選通過でした。