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飲み会が苦手です
じゃあなんで朝シャンして、パーマ取れかけのぼさ髪のセットにイライラしてよりにもよって、メイクのノリが最悪でむくんだ身体を重ね着で隠そうとクローゼットを漁るのか。
昔からどうも飲み会が苦手で、クラスの打ち上げなんて好きな人が参加しなかったら欠席していたくらいです。まあ単にアルコールがダメなんだけどね。食べ物も、一旦、食べ終わってから話をするタイプなので「食べ物を囲んでおしゃべりする」あのスタイルがすごく苦手です。自分でも分かるような話題をなんとか掴もうと聞き耳を立てて集中してるから、いつも飲み物のおかわり注文も逃すし、声張るのもすんごい苦手です。「声が大きい人が、世の中で優位に立てる」のは、まんざら嘘でもなく、ということは私はこの飲み会の場においてはレベルが1桁の冴えない人だということで。
あの場にいると、劣等感がじゅわっと滲み出てきて、ついみんなのレベルを数値化したりして、頭の中で「帰りたい」のサイレンが喧しいんですよね。ああいうのって、声が大きい社会的地位の高い人だけでやればいいのに、って。
深夜1時のファミレスでの会話。飲み直しも兼ねてなのか、テーブルにカクテルが置かれている。
「それはご苦労様。でもね、Kさん」
Mさんはにっこりと微笑んだ。お絞りを畳んだり、くるくると巻いたりと手遊びが忙しない。
「いつか『 楽しくなかったけれど、参加して良かった』って思える日がきっと来るよ。飲み会はね、将来の投資だよ」
「Мさぁん」
わたしは腕をテーブルの上で伸ばし、お絞りに夢中なМさんの手の甲に、ほんの少しだけ中指と人差し指を乗せた。この時点で相当酔っていたが、あろう事か、アルコールで脳内が蕩けていないと言えないような超大胆なセリフを口にしていた。
「今日Мさんの家に行ってもいいですか」
私は格安のカクテルですぐに酔うんです。
内容云々じゃないあなたの声をずっと聞いていたい。
お絞りを折り紙のように折り畳んでいるその手にかぶりつきたい。
私はものすごく単純な人間で、テレビのおバカキャラのように計算もできない馬鹿で、その癖すごい卑しい女です。
終電逃して、誰かの家に転がり込むなんてマネ、普通やるタチじゃないんだけど、あなたといる時間が喪うのが、私の死と同義な気がして、すごく怖いんです。厚化粧で呼吸困難な肌を今すぐ拭き取りたいけれど、まだあなたの前では少しでも綺麗でいたいんです。
「あ」
私はハッと我に返り、顔を上げ姿勢を正した。
「すみませんすみませんすみません。今の言葉忘れてください酔いが覚めました。今日漫画喫茶で過ごします本当にすみません」
私は恥ずかしくなり、とりあえずお会計!と伝票を引っ掴み、コートとマフラーと鞄を片腕に収めてレジへ向かった。
「Kさん」
さっきまでお絞りに夢中だったことを忘れるくらい、Kさんは滑らかすぎる動作で立ち上がり私の前を塞いだ。
「あ、あの」
「僕払いますよ」
「えっ」
「えっ」
「いやそっちかい!」
深夜1時のファミレスで、パソコンを叩く手を止め、ずっと二人の会話を聞いていた俺は思わず声が出てしまった。小説のネタにでもなるような、少しベタだがラブストーリーは突然に的な展開を期待していたのに、現実はこんなもんか…