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『煌(ひかり)の天空〜蒼の召喚少年と白きヴァルファンス』 第12話 ヤンキー料理フェスティバル

 なしてこうなったんや……。

 金髪ヤンキー青年・北橋きたばし達月たつきは、出汁だし醤油しょうゆと香水が混ざったにおいの中、かしましいおしゃべりに翻弄ほんろうされながら顔面をひくつかせていた。

「相棒」の強引すぎるプロデュースに根負けし、料理教室などを開くことになったのだが。

 プロでもない、ただの「料理好き男子」である若造に。
 まして、金髪でガラの悪い正体不明の不良男子に、料理を教わろうなんて奇特な人間がいるはずがない。
 参加費はほぼ実費のみに抑えたので、ひょっとしたら世間知らずのお姉さんや中年男性の一人二人くらいなら引っかかるかもしれないが。

 と思ったら、今目の前にいるのは、今さら料理を教わる必要のまったくなさそうな、熟練の家事マスターたち。
 平均年齢六十歳越えの、ご町内主婦の皆様ご一行、総勢二十七名様である。

「男子厨房に入らず」の時代をもくぐり抜けてきた、歴戦の台所キッチン戦士ウォリアーたちだ。
 ちなみに彼女たちの子供の多くは、達月よりもだいぶ年上だ。

 主婦がこれだけ集まれば、静かにいられるわけがない。
 知り合い同士も多く、近況報告という名の雑談が終わらない。

 しかもなぜ、メニューが年配者好みの「魚の煮つけと豆ごはんとお味噌汁、お新香つき」なのだ。

 案の定、説明を聞かずに自分流でちゃっちゃと始めようとする奥様もいるが、すぐに周りの奥様方にたしなめられる。

「ちょっと、ちゃんと達月くんの話聞いて!」

「耳の穴かっぽじってよーく聞きなさいよ! たっくんがかわいそーじゃない!」

 たっくん、である。扱いは幼稚園児の孫か。
 彼女たちがその気になれば、達月などいとも簡単にひとひねりである。達月の命運は、彼女たちに完全に握られたも同然だ。

 おしゃべりがやんだ。五十四の瞳の眼力が、いっせいに達月に突き刺さる。

 ロボットさながらのカクカク動作でなんとか説明を試みるも、
「ねえ、またたっくんむせた。可愛いわね~」「もっとみんなで応援しなきゃ!」「あとでうちの野菜持ってってあげましょ~」などと、隠そうともしない私語があちこちからこぼれてくる。

 これなら自分を無視してくっちゃべってくれる方がまだましや……。

 緊張の度が過ぎて、もう自分の声すら耳に入らない。

 女性の皆様方の中には、達月が以前それはそれはお世話になった方もいる。

「達月くーん、二人っきりのデートで食べた高級中華料理、美味しかったわね~!」と、咲子さきこさん。
「達月くーん、二人で毎日飲んだお味噌汁、美味しかったわね~!」と、香苗かなえさん。
 二人とも人生後半戦を謳歌おうか中の、熟女の色気が香る美人。しかもお金持ちの、華の未亡人である。

 一瞬火花が散るような、マウント合戦が始まるような空気になりかけたが、他の奥様方の「キャー、イルハムさま~!!」という歓声にさえぎられた。

 達月の背後に設置された大型モニターに、中東系の、いかにも石油持ってマス! と言いそうなダンディーおじさまが華麗に踊りながら登場。

『ハ~イ! とびきりキュートなお嬢様方~! 今日はボクとタツキくんの料理教室、「ヤンキー料理フェスティバル」に来てくれてサンキュ~!』

 イケボである。容姿とセリフには色々ツッコみたくなるが、声はイケボである。

 女性陣のテンションが跳ね上がる。
 みな、「達月くん」と、このイケボが目当てで集まったと言っても過言ではない。
 その証拠に、美味しく仕上がった煮つけがずっとテーブル上に寂しく放置されている。

『タツキくんはシャイなんだから~。みなさん、これからもタツキくんとイルハムを応援してね~!』

「は~い!」「まかせて~!」「なんなら婿むこに来て~!」

『タツキくん、ほらほら!』

「……え、えーと……その、皆さん、これからもよろしく、お願い、します……」

 半分以上魂が抜けた状態の達月の前で、なんとかかんとかお食事タイムが終了。女性の皆様はおしゃべりに花を咲かせながらご機嫌で帰っていく。

「やっぱりあの二人のかけあいがいいのよね~!」

「とんがってるけど実はウブなたっくんを、ダンディ~なイルハム様が大人の余裕で優しくリードしてあげるの~!」

「きゃー、それツンデレってやつ~?」

「あらやだ、知らなかった世界に目覚めそう~」

「もっと二人の絡みが見たいわ~。イルハム様、早くご来日されないかしら~」

 絡みって言うなや!!
 達月は危うく調理器具を投げ飛ばしそうになった右手を、左手で必死に押さえ込んだ。

 最後の女性が「今度はイルハム様と一緒に踊ってね~!」と言うのを笑顔で見送り、ドアが閉まった瞬間、眉間に峡谷のごときシワを刻む。

 そこへ、壁面モニターの下から、「たらったらったら~」とスキップしながら出てきた、ちっこい毛玉がひとつ。

「達月くん、今日もバッチリもうかりましたね! そろそろ参加費上げときましょうか~」

 達月の「相棒」、ハムである。ちなみにイケボへ変換前の声である。
 達月の全身から、静かに黒い炎が噴き上がる。

「ハム……。今日こそ言わせてもらうで。この教室、自分がお金持ちで美人なオバ……女性の皆さんと、仲良くなりたいから始めたんやろ? だったらワイを通さず超絶ダサい名前の看板も出さず、ひとりでリモート講師やれや!」

「違いますよ~。達月くんのためじゃないですか! 僕は、達月くんが地域の皆さんと仲良くなって、人とのつながりを感じてもらおうと……」

「つながりって言うなや!! 自分が言うと全部卑猥ひわいに聞こえるわ!」

「つながってるんだからしょーがないでしょ! 皆さん、僕と達月くんとのかけ算を楽しみにいらしてるんですから~」

「かけ算言うなや!! かけあいやろ! じゃなくて、関係性……いやそれもダメや、ワイは中東のカレー臭のおっさんも、ポンコツ動画制作が趣味のおっさんハムスターもゴメンやからな!」

「ひどいわっ! コンビ解消したいって言いたいの!? 達月くんがソロに転向したら、金髪・ツリ目・関西弁・小動物好きの、ただのテンプレヤンキーじゃありませんかー!」

「テンプレ言うなやー! 小動物嫌いになりそうやわ!」

「しかも、初登場時は強キャラ感漂わせて主人公を苦しめるのに、気がつくと主人公の背中を守ってサムズアップとかするんですよ。いつの間にか愉快な仲間たちのうちのひとりに成り下がっちゃうんですよ。僕は、達月くんにそんな不憫ふびんな思いをさせたくない……!」

「『主人公』って誰やー!!」

 そろそろ教室を片付けなきゃいけないのに、ヤンキーとハムスターの叫びが空しく室内にこだまする。
 もしもご婦人方に目撃されたら、ハムスターは中東イケオジバージョンに脳内変換しておいてほしい。

「――わかりました。僕が好みのマダムばかりをあの手この手で教室に引きずり込……お誘いしたことは認めましょう。今度は達月くん好みのお客も手配しますんで、参考までに好みのタイプをお聞かせ願いましょうか」

「な、なんやて!?」

 テンプレヤンキーこと達月は驚愕きょうがくした。
 この、おっさん根性はなはだしいハムスターとつるむようになってしばらく経つが、そんなことを聞かれたのは初めてなのだ。

「ワイの好みはそりゃ、カワイイ……いやいや、言うとくけど『お客の好み』やからな!」

「ハイハイ」

「そやな、好奇心旺盛おうせいで、ちゃんと話を聞いてくれて、真剣に取り組んでくれて……ついでに言うと、素直で元気があってよく笑う人がええなあ」

「しかもカワイイ女の子なら言うことないでしょ!」

「え、そりゃ、まあ……」

「体型は? どんな感じ~?」

「で、できたらすらっとスレンダーで……ムッチリなのはもう、さっきのオバ……いやなんでもあらへん、今のは誰にも言うなや!」

「すらっとスレンダーですね。うーん……。実を言うと、今達月くんが言ったタイプにドンピシャな女子をひとり知ってるんです」

「おるんかい!」

「でも教えません! 僕の娘同然ですから! 達月くんには百万年早いです!」

「ならハナから言うなや! いったい何人『娘』がおるんやー!!」

 達月の叫びのあいまに、こそっと「でも人外なんですけどね」とつぶやいたハムの声は、達月の耳には届かなかった。

  ◇ ◇ ◇

 ――と、ここまでは普段と変わらない、いつも通りの「関係性」である。

 二人(一人と一匹)は、いそいそと教室の後片付けを始めた。
 ハムは三角巾とフリフリエプロン装備。簡単なゴミ拾いくらいならできるのだ。

 達月が「人とのつながり」を意識し始めているのは、本当のことだ。
 以前の達月は、極力人と関わらないよう、知り合いを作らないように、地味に控えめに生きてきた。

 たまたま空腹で行き倒れたハムを拾い、手料理をふるまい、奇妙な関係を続けるうちに。その意識は、少しずつ変わっていった。

 達月には、「何度も記憶を失ったことがある」という、深刻な過去がある。
 それはある日突然やってくる。今ここにいる自分が、どこのなんという人間なのか、何をしようとしていたのか――彼を彼たらしめるほとんどのものが、突然すっぽりと抜け落ちてしまうのだ。

 そのたびに、所持品の免許証などでなんとか住所をつきとめ、あらかじめ部屋のあちこちに備えてあった現金で食いつないできた。
 こんな身の上では、まともな職に就けるわけがない。生活も、精神的にも、どうすればいいのか途方に暮れることが多かった。

 教室に来ていた女性陣のうち、咲子と香苗は達月の苦境を助けてくれた人たちだ。

 毎月黙々と家賃・生活費を振り込んでくれた、大沢おおさわ咲子さきこ
 自宅に泊めて、毎日欠かさずキャベツたっぷりの豚汁をふるまってくれた、土屋つちや香苗かなえ

 他にも何人かいるかもしれないが、まだ二人しか見つかっていない。
 達月に関わった人たちは、達月同様にそのときの記憶を失くしてしまうのだ。

 だから達月は、地域の人たちとのつながりを大切に育てたいと思う。
 他にお世話になったかもしれない人を探すために。
 自分の記憶が抜け落ちたときに、ひとりでも多く、自分のことを覚えてくれている人を増やすために。

「俺たちは、きみが『記憶操作』の能力者じゃないかって見当をつけてる。まだ不安定で、全然制御できてないみたいだけど」

 達月にそう告げたのは、ハムの友人・甲斐かいだった。
 甲斐は、ハムから達月の様々な症状を聞いてそう推測した。
 それ以来、甲斐とハムは、達月の生活の日々を大切な友人として見守っている。
 記憶に関わる「能力」が暴走して、達月をこれ以上不幸におとしいれることがないように。精いっぱい、サポートしようと努めてきたのだった。

  ◇ ◇ ◇

「といっても、僕たちがいなくても必ずどこかのマダムが手を差し伸べてくれるんですよね。それもこれも全部、達月くんに『記憶操作能力』だけでなく、天然の『マダムキラー能力』があるからなんですねぇ」

「マダムキラー言うなや!」

 二人(一人と一匹)は借りていた公民館の部屋を片付け、事務手続きを済ませて外へ出た。
 帰りにスーパーへ寄って、夕食用の買い物をして帰ろう。メニューは何にするか、なんて話しながら。

 空を見上げた達月が、眉をひそめた。

「なあ、なんやあれ……雨雲か?」

 空を覆う黒。激しい動きに、雲ではないとすぐにわかる。

 達月の上着の胸ポケットから顔を出し、ハムは気を引き締めた。

 ここにも、「闇のオーロラ」が現れたのだ。

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