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『煌(ひかり)の天空〜蒼の召喚少年と白きヴァルファンス』 第39話 森見蒼仁、ここに記す

 日本、三月。
 森見もりみ蒼仁あおとの手記より。

 今日、達月たつきさんがアパートの部屋へ招待してくれた。
 俺とパーシャの中学合格祝いだそうだ。
 以前お好み焼きをご馳走になったあのアパートに、俺とパーシャ、甲斐かいさんと、折賀おりがさんまでやってきた。
 折賀さんは、カナダではずっとモコモコの防寒着+無精ひげだったけど、ひげをさっぱり剃って、髪も整えて、スーツまで着てた。別人みたいに爽やかになって、達月さんが「軍……そう?」と絶句してた。

 誰が言い出したのかは知らないが、今日は「闇カレーパーティー」だった。
「カレーの味を損なわず、かつ意外性のある具材」を持ち寄るようにと、達月さんから事前に通達があった。

 カレーの味は美味しかった。タマネギや鶏肉の旨味がしっかりと効いていた。達月さんが隠し味に味噌を入れたらしい。
 甲斐さんが持ってきた長芋、パーシャが持ってきたスモークチーズ、折賀さんが持ってきたタケノコも、それぞれがカレーの味を邪魔せず、しかも自分たちの味と食感をしっかりと主張していた。どの具も食べてみると新鮮で、次は何が出てくるだろうと、話が盛り上がって楽しかった。ちなみに俺が持って行ったのは、椎茸とししとうだ。
 途中、いつの間にかパイナップルが混入していて、達月さんが「誰がパイナップルなんか入れたんや! こんなん……意外とイケるやんけ!」と絶叫した。入れた「誰か」は、「まだまだイケますよ~!」と、テーブルの上で踊りながら際限なくカレーのおかわりを所望していた。

 その「誰か」は、相変わらず小動物の姿をしている。
 制御が難しい強大な力を持ってしまった彼は、この姿になって力が安定するようになり、動物たちと精霊たちの声も聞けるようになった。聞きたい声、知りたい大自然のことわりがまだたくさんあるとかで、この姿のまま、日本とカナダ、他の国まで自由気ままに行ったり来たりしている。少しうらやましい生き方だ。でも、死ぬまでにはちゃんと人間に戻るつもりなんだそうだ。

「すぐに人間に戻らんほんまの理由、知っとるか?」
 達月さんがこそっと耳打ちしてきた。
「ハゲが広がるほどのピンチがけっこうあったやろ。今でこそチャームポイントに見えるかもしれんけど、人間のおっさんに戻った時、自分の頭を見てショックを受けないかと心配なんやて」
「わー! バラさないでくださいぃー! 頭の光球がちょびっとでも広がってたら、僕、一生料理教室のアバター越しにしかしゃべりませんからねッ!」

 達月さんは、うだうだじたばたと悩んだ末に、帰国してから半年も経ってからようやく里帰りした。
 自分だけ「太陽光消失サンライト・ロスト」がらみで死んだわけじゃない、大サービスのおまけのついでに生き返らせてもらったようなものなので、本当に実家に顔を見せても大丈夫かどうか、なかなか勇気が出なかったらしい。
 結果は、ちゃんと家族が達月さんのことを思い出してくれて、定食屋の屋根が吹っ飛ぶかというほどの大騒ぎになった。特に、おばあさんにめちゃくちゃ抱きしめられながらめちゃくちゃどつかれたらしい。無理もない。
 その時はハムが付き添ってたので、後でこっそり盗撮した動画を見せてくれるとか。ちょっと達月さんが気の毒になってきた。

 達月さんは、来月から料理の専門学校へ通うことになっている。実家を継ぐのか、別の店で修行するのか、いずれ自分の店を持つのか。これからじっくり考えたいそうだ。
 せっかく漁港と繋がりがあるので、海の環境保全と漁業との関わりについても考えていきたいと言う。「みんなに安全で美味しい魚を食べてもらいたい」そうだ。
 忙しくなりそうなので、料理教室はしばらく「(ハムが勝手に撮りためた)達月さん料理動画」を配信するオンライン教室になるとのこと。教室自体をやめるという選択肢はないらしい(ハムの意向で)。

 俺たちがカナダから帰国すると、パーシャが俺と同じ塾に通っていた。俺と同じように、私立の中学受験を目指すことにしたと言う。
 俺もパーシャも、無事に第一志望校に合格した。俺は男子校で、パーシャは女子校。別の学校になるけど、文化祭や運動会には遊びに行くと約束した。

 パーシャは今でも、突然「視えてしまう」ことがあるらしい。彼女の予知能力は、嫌な予知や恐ろしい予知であることが多いので、もう見えるのは嫌だと言っていた。
 勉強に集中するようになってから、少しずつ「視える」頻度ひんどが減っていった。知識や経験、思考をきたえれば、特殊能力としての「予知」は、彼女自身の「予測」や「予見」に変わっていく。つまり、勉強を頑張ればもう「予知」を見なくて済むようになるかもしれない。「あなた、今日死ぬわよ」なんて予言する相手は、俺で最後にしてほしいものだ。

 甲斐かいさんは、俺たちがカナダへ行っている間に、片野原かたのはら学園小学部へ教育実習に来たそうだ。来月からは、晴れて同校の新任教師として着任する。俺はもう卒業だから、見事にすれ違ってしまった。甲斐さんの授業を受けてみたかったのに、残念だ。
 俺の学校へ来たのは、完全にあの理事長の根回しというか囲い込みだと思う。でも甲斐さんは、数年経験を積んだら海外へ飛んで、世界中の子供たちと触れ合う仕事がしたいそうだ。青年海外協力隊のように。
 俺の周りには、海だの海外だの、広い世界に目を向ける仲間ばかりいる。もちろん俺もそうだ。あんな経験をしたんだから、当然か。

 折賀おりがさんは、これも理事長の口利きだと言うが、外務省職員として既に働き始めている。エリートだ。
 行動力に決断力、交渉力に体力、語学力。海外を飛び回るのに必要な力をこれだけ備えた人物を、国がほっとくはずがない。海外の情報機関との繋がりもあるそうだ。この先海外で何かあれば、きっと心強い味方になってくれると思う。
 今日はカレーを食べた後、どこかの役員に会いに行くと言っていた。カレー臭、大丈夫だったろうか。

 
 俺自身の進路は、みんなに出逢う前から変わっていない。
 無事に志望校に合格したので、今度はカナダ留学を目指す。
 もう一度、あの国へ行く。今度は自分の力で。
 もう一度見たい景色がある。もう一度会いたい仲間たちが、たくさんいる。

 俺は、狼王が見せてくれた景色をこれからも守っていかなきゃならない。
 動物学に植物学、環境学に地理学など、勉強したいことが山ほどある。まだどの専門に進むかは決められない。まずは幅広く、色んなものをたくさん見たいと思っている。

 海を飛んで、シロナガスクジラの群れを見た時。なぜか、全世界の人たちが、同じ光景を同時に見ているような気がした。たくさんの歓喜の声が聞こえてくるようだった。
 あれは、気のせいじゃなかった。あの時、本当に公海にシロナガスクジラの群れが現れて、たまたま数隻の船が目撃し、ネットにライブ中継を流していたんだ。
 世界中が、俺たちと同じものを見て胸を熱くした。地球生物の命の躍動を象徴するような、言葉にできないほどの雄大さだった。
 あの光景は、決して、失ってはいけないと思う。

 次に、カナダにいる仲間たちについて記す。


↓<続き>


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