「不退転な父」(仮)連続note小説 第一話

“次は、スポーツです。
まずはドジヤーズのデカタニの速報から…”

「おっ」
と缶ビール1パイで赤ら顔の父親は
やおら真剣な目つきになってNHKのニュースを食い入るように観ている。

父親が野球をやっていたという話は一度だって聞いたことがない。

ついでにいえば、
NHKの受信料だって払っていない。

当然、刑事谷という変な名前の野球界の大スターとは
個人的な知り合いでもなんでもない。

一度
「ねぇ、デカタニの何が一体凄いの?」
と訪ねたとき
しばしの沈黙の後
「とにかく凄いんだよ。日本人だよ。
それがあのアメリカで大活躍してるんだから。
日本人がだよ!あのアメリカで!!」
と日本人を称えているのか貶しているのか微妙な返答を寄越したのがこの男である。

NHKの受信料を払っていないのだって
「民意を蔑ろにしているからな!」
と至極曖昧な動機であった。

父親は
ひと言でいえば
“信じやすい人”である。

インターネットのまことしやかに流布されている情報も
そのまま真実とだと思い込んでいることが多々ある。

刑事谷がどうやら凄いらしいこととか
NHKの受信料は民意によって払うべきてはない
と決めているのも
元をたどればニュースサイトのコメント欄で
多数の人間がそういう意見を書き込んでいたという

それを鵜呑みにしたに過ぎないのだ。

信じる人は救われる
という言葉がある。


父親の妄信的性格は
果たして父親を救ってきたのだろうか

長く続けた食品工場を辞めたのも
母親と離婚したのも

そして
ひょっとしたら
一人娘のわたしを引き取ったことだって

彼が何かを強く信じた結果なのではないだろうか。


父親は今、世間一般的にいえば“無職”である。
でも、ニートではない。
日雇い仕事ではあるが週5日ほど労働している。

あるとき父親が
パソコン画面を見ながらなにか深く考えこんでいたので覗いてみると
なにかのアンケート画面で
<あなたの職業はなんですか>
という見出しの後に様々な職種が羅列してあった。

わたしが
「仕事も一応してるんだし。
家事だって、まぁ、かなり大雑把ではあるけどやってるよね。
これでいいんじゃない?」

“主婦・主夫”を指さして見たものの
それでも父親はしばらく考えこみ
結局
“無職”
をえらんだ。

<アンケートありがとうございました。>

年齢、性別、職業をこたえただけで
アンケートは終了した。

父親が参加してたのは
答えるだけで、
換金可能なポイントが貰えるというサイトたが
父親が手に入れたのは1ポイント
換算すれば0.1円である。

「こういうのはさ、最後には年収を聞いてきて、1000万円以上とか。そういう金持ちを対象に不動産投資とかさりげなく勧めてくるんだよ。
バカ正直に“無職”なんて入力したらそりゃすぐ切られるって。
どうせ匿名なんだし、少しくらい盛ってもいいんじゃない?」
と提案するも
父親はこれも少し考えこんでから

「嘘はだめだよ。ノンちゃん。」

ボソリと呟いた。




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