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【2023年3月株主総会】個人投資家のための議決権行使判断基準

2023年3月の株主総会シーズンまで数週間を切りました。本記事では、議決権行使に関心がある方向けに、議決権行使判断の参考となる情報をお届けします。

特に取締役選任議案は、次年度の経営を任せるかどうかを判断する議案であり、自身が保有する株式価値に影響する重要な議案です。中長期で投資する個人投資家はなおさら関心が高いイベントといえるでしょう。

そこで、本記事では、株主総会において議決権行使の影響力が最も高い機関投資家が、どのような判断基準のもと議決権行使判断を行っているのか、その概要をつかみ、個人投資家でも有効的に議決権行使を行える情報を提供します。

この記事おもしろい!等、コメント欄にコメント頂けると幸いです。また、機関投資家の議決権行使判断について個別にご質問もお受けしておりますので、こちらからお問い合わせ頂けると幸いです。

※本記事では、個別具体的な議決権行使の勧誘を目的として行っているわけではなく、あくまで参考情報のご提供と個人の見解を述べさせて頂くだけのものでございます。最終的な議決権行使に関するご判断はご自身となります。

 


1.     取締役選任議案に議決権行使する意義とは?

(1)  取締役選任議案に行使する意味

株主総会における取締役選任議案は、次年度の経営を誰に任せるかを決める重要な議案となります。

しかし、株主総会に上程される取締役候補者の多くは、前年度からの再任であることが多いです。そのため、再任候補者に投票する際は、再任候補者の過去の経営に対する評価(フィードバック)も踏まえて、次年度も経営を任せるか、あるいは退いてもらうかを判断することになります。

 

(2)  経営改善を促すには過半数の反対は不要

取締役選任議案を否決させようとするなら過半数の反対率が必要ですが、そのハードルはかなり高いです。しかし、否決とまではいかなくても、経営改善に向けて取締役会に行動をさせるという意味では、必ずしも過半数の反対率は必要ありません。

イギリスのコーポレートガバナンス・コードでは反対率が20%であった場合、取締役会はその反対理由を特定して、改善に向けて取り組むべきとする行動原則があります。

日本のコーポレートガバナンス・コードでも、「取締役会は、株主総会において可決には至ったものの相当数の反対票が投じられた会社提案議案があったと認めるときは、反対の理由や反対票が多くなった原因の分析を行い、株主との対話その他対応の要否について検討を行うべき」(補充原則1-1①)とあります。

「相当数の反対票」とあるように、明確な数値基準は定められておらず、その判断は会社側に委ねられるような記載になっていますが、日本の上場会社も概ねイギリスのコーポレートガバナンス・コードの20%を目安にしているといわれています。(会社によっては、社内上、10%としている会社もあります。)

なので、20%の反対率があれば会社側に経営改善を促すメッセージとしては十分であり、また、20%のラインは決して高いハードルではありません。

仮に機関投資家比率と個人投資家比率がそれぞれ20%として、そのうちそれぞれ半分が反対すれば、その水準に到達することになります。

ポイントは、機関投資家が何を判断基準に反対行使をするか、その概要をつかむことです。では、機関投資家が、取締役選任議案について、主に何を基準に議決権行使判断を行うのかみていきましょう。

 

2.       取締役選任議案への行使判断基準

まず、取締役選任議案に関する機関投資家の議決権判断基準を読み解くこつは、①何を基準にして、②その基準をもとにどの取締役に反対するか?の二段構成を意識することです

 

(1)  業績基準について

株主にとって、投資先の会社の業績は株価(キャピタルゲイン)や配当額(インカムゲイン)に影響するので、一番関心が高い事項です。

業績を図る指標には、営業利益や純利益、EBITDA等様々ありますが、機関投資家は、資本効率性をあらわすROEで判断することが多いです(理由は後程説明します)。

その水準は、運用機関によって差異はあるものの、概ね以下の2パターンに分かれると私は考えています。

①   TOPIX構成銘柄のうち3年連続で下位1/4(又は1/3)に該当する場合3年以上在任する取締役に反対する

or

②   3年連続でROEが5%未満の場合、3年以上在任する取締役に反対する


①と②の主な違いは、①は相対基準の考え方で、市場全体のROEが上昇しているにもかかわらず、3年連続それについていけず、取り残されてしまうと基準に抵触することになります。

一方で、②は、絶対基準の考え方で、他社のROEの状況は関係なく、対象銘柄が一定のROEを確保していたら、反対されることはない、そのように整理することができます。

ROEの評価期間を3年としているのは、例えば1年目のまだ成り立ての取締役に業績改善を迫るのはあまりにも酷だからです。

また、「3年」自体の意味としては、株式市場では、上場会社の経営改善は、だいたい3年のスパンで行うものという認識があるからです。上場会社が公表する中期経営計画の期間が、だいたい3年としているのもそういうことです。

個人投資家にとって①②のどちらが良いのかですが、利便性を考えると後者の絶対基準で考えるほうが良いでしょう。前者の相対基準の場合、対象銘柄がTOPIXの下位1/3とか1/4に該当するかどうかを調べるのに労力が掛かかってしまうので、決算短信をみればすぐ計算できる絶対基準の②のほうが楽といえます。

 

■なぜ、ROEが基準なのか?
会社が黒字であれば株主として満足か?といわれるとそうではありません。株主は、投資したお金が返ってこないリスクを負っている以上、それ(=株主資本コスト)に見合ったリターンを会社が稼いでくれないと、割に合いません。
ROEは、それを図る指標なわけです。ROEに関する詳細な説明は、専門書に委ねますが、シンプルに言えば、株主の期待収益率を上回るROEを創出できて、株主価値がプラスになると考えられています。
2014年に公表された伊藤レポートによれば、株主価値がプラスとなるために必要なROEは一般的には「8%」とされており、日本の上場会社はそこを目指すべきとされているわけです。

この伊藤レポートの「8%」と聞くと、機関投資家の「5%」はやや優しめな基準といえます。やや低い理由としては、一定の配慮がされているところにあります。

機関投資家(特に株価指数連動型のパッシブ運用の機関投資家)は何千という銘柄数をポートフォリオに組み入れるため、ハードルを高くしてしまうと相当数の会社に反対を投じることになってしまい、インパクトがとてもでかくなってしまいます。

一方で、個人投資家は、機関投資家と比べれば、少数銘柄を集中投資するスタイルが多いと思いますので、伊藤レポートの「8%」とするのも良いですし、いやいや、自分はもっと期待収益率を高く設定しているので、それ以上を求めるという考え方もあり得るでしょう。

 

(2)  社外取締役の独立性

次は、社外取締役の独立性についてです。機関投資家は、社外取締役には「社外性」のみならず、会社から「独立」していることまでを求めます。「社外性」は、会社法上の要件になりますが、「独立性」は法律の要件ではありません。

一般的に、独立社外取締役とは、「一般株主と利益相反が生ずるおそれのない社外取締役」といわれております。ただ、このままの表現では極めて抽象的な表現なので、実際に「利益相反が生ずるおそれ」とはどんな場合か、具体的に考えていくことが良いでしょう。

 機関投資家等によって細かいところの違いはありますが、株式市場で概ね認識されている典型例は以下となります。

①   当該会社の大株主の出身者である場合
②   当該会社の主要な借入先の出身者である場合
③   当該会社の主要な取引先の出身者である場合
④   当該会社の社外取締役として在任期間が長期にわたる場合

それでは1つ1つ解説していきます。

 

①   大株主について

社外取締役候補者が当該会社の大株主の出身者である場合、その社外取締役には独立性がないと判断されます。

なぜ、大株主が問題になるのか。大株主出身者である場合、当該会社の大株主である立場で取締役会に加わるので、自己の利益を優先して、他の一般株主の利益を犠牲にする恐れが外形的にあり、独立性はないと考えられるからです。

大株主の定量的な基準はまちまちですが、「10%以上の保有」としていたり、「招集通知に記載される大株主上位10社」を基準にしていたりするのが一般的です。

大株主になるには、それなりの資金力が必要です。典型例は事業法人で、例えば、資本業務提携で株式を割り当てた事業法人から社外取締役として招聘する場合が、それに該当します。

あとは、当該会社の株式を保有する機関投資家の組織に属する人が社外取締役として招聘される場合もそれに当たります。

 

②   主要な借入先について

会社は銀行等から借り入れを受けて事業を行っている場合もあります。そして、貸出先の経営が問題なく行われているか監視することを目的に、社外取締役として貸出先の経営に加わることがあります。

しかし、本来、社外取締役には、株主の利益を最大化するために経営を監督することが期待されています。例えば、とある大型の投資案件があって取締役会で決議することになったとしましょう。大きな投資案件にはリスクが伴うので、主要な借入先からきた社外取締役としては、借入れの返済能力に影響がでるような投資案件には消極的になる恐れがあります。

このように、主要な借入先に属する社外取締役の候補者は、銀行の利益を優先して、株主の利益を犠牲(上記の例でいえば、株主価値を上げる投資機会を犠牲)にする外形的な恐れがあり、取締役会の適切な監督を期待することはできないので、独立性はなしと判断するわけです。

主要な借入先か否かの判断は、招集通知に記載の「主な借入先」欄で行われることが多いです。

 

③   主要な取引先について

当該会社と社外取締役の出身企業との間に取引関係があり、かつそれが主要な関係である場合は、その社外取締役には独立性がないと判断されます。なぜなら、これまでの話と同じで、仮に社外取締役の出身企業の利益を犠牲にすることが当該企業の株主価値向上に貢献するとしても、そのような判断を期待することが外形的には難しいからです。

「主要な」取引かどうかは、社外取締役の出身企業との事業間取引によって得た連結売上高に占める割合で判断することが多く、当該会社において「連結売上高の2%以上」ある場合は、独立性なしと判断される場合が多いです。

これらの情報は、招集通知に記載されており、候補者の選任理由欄やその注釈あたりに、情報が載っているので、そこをみて判断することができます。

 

④   在任期間

長期にわたって、当該会社の社外取締役を務めていると、ある程度会社や他の取締役との関係も密接になっていたり、あるいは、社外者としての客観的な視点も失われていたりする可能性も考えられることから、もはや会社から独立しているとはいえないと考えることができます。

そこで、長期にわたって社外取締役を務めている場合は、その候補者に独立性はないと判断されます。在任期間の定量的な基準は運用機関によって異なりますが、10年超又は12年超としている運用機関が多いです。

 

⑤   独立性がないことを理由に反対するべきか?

反対しないなら何のための基準なのかと、突っ込みを受けてしまうかもしれません。しかし、今現在、日本の株式市場では、取締役会の実効性を向上させていく観点から積極的に取締役会における社外取締役の数を増やしていこうとする動きがあります。

そもそも、日本では、社外取締役の候補者となり得る経営人材が不足しているのが現状であり、そのような中で独立性基準を厳しくして、社外取締役の候補者の反対率を上げてしまっては、本末転倒です。

そこで、特に国内機関投資家なんかは、日本のこのような現状に鑑みて、独立性の要件を少し緩めるかたちで、社外取締役の反対率が上がりすぎないように調整をしています。

その調整した結果として、国内機関投資家では、独立役員届出書を提出していれば(又は提出する予定であれば)、一部例外を除いて、原則的に独立性はあるとみなす基準に設計しています。

独立役員届出書とは、社外取締役に独立性が備わっていることを会社が東京証券取引所に届け出る書類のことです。東証では、独立性が備わっているかどうかの細かい判断は会社側に委ねるとしています。

例えば「主要な取引先」の基準は「2%以上」としていましたが、会社側が「3%までは独立性はある」と判断して、独立役員届出書を提出することはできるわけです。

なので、その意味では、独立役員届出書の提出有無を独立性有無の判断基準にすることは比較的緩やかな基準であるといえます。

 一部例外とは、例えばその候補者が、大株主出身者である場合や在任期間が10年超(又は12年超)である場合は、独立役員届出書を出していたとしても、独立性はなしと判断されます。この場合は、独立性が欠けている程度が大きいと判断されるわけです。

 国内機関投資家のように、一部例外を除いて、独立性要件を少し緩くするのも良いですし、一方で、より取締役会の独立性確保を要求する立場をとるのであれば、要件を緩和しないのもありで、自身の株式運用戦略と照らし合わせて決めていくのが良いでしょう。

 

(3)  社外取締役の出席率基準

社外取締役の独立性の問題とは別に、社外取締役の適格性として、取締役会への出席率が問題になることがあります。社外取締役には、株主に代わって、取締役の職務執行を監督することが期待されているにもかかわらず、取締役会に出席していなければその役割を果たすことができないからです。

そこで、機関投資家の議決権行使判断基準には、社外取締役の出席率基準を設けていることが多く、出席率が75%未満の場合、当該社外取締役の候補者に反対する、としています。

日本の上場会社では毎月取締役会を開催しているところが多いので、年に12回のうち、4回欠席(出席率66.7%)したらその候補者は、多くの機関投資家から反対されることになります。

候補者の出席率は、招集通知に記載されているので、そこをご覧頂くと良いでしょう。

 

(4)  取締役会の独立性

取締役会の実効性を向上させるためには、複数人の独立社外取締役によって構成されているべきとされています。これまで日本では、従業員から内部昇進した人が取締役となることが慣行となっており、社内出身者の取締役を中心に取締役会が構成されていました。

しかし、2015年に施行されたコーポレートガバナンス・コード以降、取締役会の実効性を上げるためには、社内取締役から独立した複数人の社外取締役によって構成されるべきとする考え方が特に重視されてきました。

この潮流を受けて、機関投資家の議決権行使判断基準にも、独立社外取締役を複数名選任することを要求しており、少なくとも、取締役会に占める独立社外取締役の割合は「1/3以上」としているのが一般的です(海外機関投資家の中では、過半数を基準としている投資家も相当数おります)。

なお、当該会社が親会社の子会社である場合、少数株主を保護するため、独立社外取締役は取締役会の1/3ではなく、過半数存在することを求める考え方が一般的です。

仮に、独立社外取締役の割合が1/3以上ではない場合、社内取締役全員に反対するか、経営トップである会長と社長の2人のみに反対するといった2つのパターンが多いと思われます。

 

(5)  女性取締役の存在

近年、取締役会の議論を活性化させる観点から、取締役会の多様性(性別、国籍、スキル、年齢等)を求める動きがあります。中でも日本の株式市場では、性別多様性を推進する動きが加速しており、当該株主総会終了時以降に取締役会に女性取締役がいることを議決権行使判断基準に設ける機関投資家が増えてきています。

定量的な基準は機関投資家によって様々ですが、少なくとも1名以上とする場合や、さらにハードルを上げて取締役会の10%以上とする場合もあります。基準を満たさなければ、会長・社長、又は指名委員会の委員長に反対するといった基準になっています。

以上、ここまで取締役選任議案における機関投資家の主な行使判断基準についてご紹介してきました。もちろんこの考え方が唯一無二というわけでは決してありません。あくまでも参考という位置づけで、自身の運用戦略や考え方に照らし合わせて個別的に判断していくのが良いでしょう

なお、機関投資家の議決権行使判断基準について、よりもっと詳細に知りたい方は、どの運用機関でも良いので一度ガイドラインを読んで頂くことをおすすめします。

また、機関投資家の議決権行使判断について個別に疑問やご相談がある方はこちらからお問い合わせ頂けると幸いです。

以上

 


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