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3行日記 #229(三千万、ヨーヨー、かか!)
二月二十三日(日)、くもりときどき雪が舞う
雨水、霞始靆、かすみはじめてたなびく、霞がたなびき始める。
朝、日曜日は毎週恒例の、自然のやつ、旅のやつ、人間のやつ、のNHKのドキュメンタリーを三本つづけて見る。72時間は偶然に出会った良さがあるが、こちらは狙ったテーマなので深みがある。どちらもいい。
今週のテーマは昨年末に営業を終えた味園ビル。こんなわたしでも生きてていいんだと思わせてくれる場所。なかには高年齢の層が集う沖縄出身のおばあちゃんの店もあった。キャバレーには昔、百人のホステスに百人の客がいて賑わっていたらしい。土地の記憶。ビルの記憶。
歯磨きをしていると、リビングから妻の歓声とも悲鳴ともつかない声が響いた。口をゆすいで、慌てて駆けつけると、掃除機が光っていた。先週、掃除機を新調して、人気のダイソンが我が家にやってきた。妻がどうしてもゆずれなかった点は光ること。吸い込み口のヘッドのところから前方を照らし、床のごみが鮮明に見えるらしいのだ。妻が悲鳴をあげたのは、家畜の寝床のように汚らしい埃を、光がくっきりと浮かび上がらせたからだった。僕はすぐに掃除機をかけた。手元の画面に吸い込んだごみの量が映し出されるのだが、ものの十分使っただけで、数値が三千万を超えた。単位は不明だ。
午前、醍醐寺へ。なんでも全国の怪力自慢が巨大な餅を持ち上げる祭りがあるらしい。五大力さんというらしい。本殿の前に舞台がつくられ、上が紅色、下が白色の巨大な餅があった。まもなく男子の部がはじまるらしい。重さは一五〇キロあるらしい。一人目。いともかんたんに、ひょいっと持ち上げて、ぴくりともしない。タイムは七分を超えた。いきなりすごい記録だ。舞台から降りようとする脚どりはふらついている。がくがくと震える膝には、餅が膨らんだような白い膝パットがついていた。その後、八分を超える強者も現れたが、たいがいは数十秒か、持ち上げられない人もいた。
昼、十分ほど歩いたところにある寿司店で、にぎり四貫とうどんのセット。出汁が効いていて身体も温まり満足。隣にお父さんと未就学児の女の子とおばあちゃんらしき組み合わせの家族がいた。おばあちゃんも女の子もいなりを残していた。子どものころは、いなりやカッパ巻きをはずれ扱いしていたが、年齢を重ねるにつれ、いなりのおいしさを愛するようになってきた。
その後、近くのパン屋へ。昔ながらのまちのパン屋で価格帯も百円台の素朴なパンが多かった。みやこ、いないって言っといて。パンを見繕っている最中に、女性の店員さんがその母親らしきおばあちゃんに言った。入り口のガラス窓の向こうに、小学生くらいの女の子が自転車にまたがったまま、こちらを見ていた。明日の朝食用のパンをいくつかを買い、シュークリームとあんドーナツは二階で食べた。こぢんまりした妙に落ち着く空間で、天井一面が雲が浮かんだ青色の空のクロスだった。トイストーリーを思い出した。隅の棚の上に昔ながらの手動の鉛筆削りがあり、その近くには、木製のヨーヨーがあった。表面には辰の絵が描いてあり、側面に、みやこ、と書いてあった。みやこちゃんが作ったものらしい。
午後、北へ。歩いていると、ちらほら小さな雪が舞っていた。途中、ドブ川沿いの細い道を抜ける。小野小町が使っていたという化粧井戸に立ち寄った。風に揺れる竹藪に囲まれた静かな場所だった。そのまま随心院へ。能作者たちが創作した伝説らしいが、小野小町に恋した男が、百夜通い続けようとし、毎晩、門前に榧(かや)の実を置いた。だが、百日目に力尽きてしまったという。諸説ある。寺を後にした後、近くにある榧の木の前に行った。
その後、川沿いを北西へ。堤防の桜の枝を見ると、蕾がふくらみはじめていた。しばらく歩くと、ビールの空き缶を使った風鈴?のようなものがあった。風でからからと回っていた。百円で譲りますと書き置きがあった。ある空き缶の縁に、フィギュアのブルマが座っていた。にっこり笑っていた。
さらに歩いたところにある駄菓子の問屋へ。たくさんの人で賑わっていた。馴染みの駄菓子も、見たことのない駄菓子も、段ボールに入ったまま、大量に売られていた。妻は楽しそうにたくさん買い込んでいた。餅チョコがほしかったらしいが、大量に入った箱でしか売られてなかったので、店員さんに声をかけてばら売りしてもらった。二階におもちゃもたくさんあった。元気のいい男の子が、かか! かか! と大声で呼んでいた。お母さんのことだろうか。響きが、なんかいい。近くの公園に移動して、おみくじがついたラムネを食べた。僕はひらめきが△、妻はうんめいが◎だった。帰り途、何軒かの軒先に、ビールの空き缶の風鈴が吊るされていた。
夕方、図書館に向かって歩いていると、チャックと散歩中のお母さんに遭遇した。喫茶店で執筆。
夜、妻の実家でカレー、サラダ、豆腐、柑橘系。日曜恒例の数独。きょうは超難問だった。チャックの散歩、左右左、踏切の手前を北へ。逆回転でぐるっと回り、商店街を抜けて帰宅。朝の続きで寝室も掃除機をかける。謎の値は五千万を超えた。この数字はこの先どこまで増えるのだろうか。