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武富健治先生『古代戦士ハニワット』勝手に応援企画(4)コラム④:女性の登場人物の魅力:呉葉編(草稿)

 武富健治先生の『古代戦士ハニワット』の連載続行を勝手に応援するために、現在作成中の『ハニワット小事典(仮)』の一部を公開します(完成まで時間かかるので)。本編はキャラクター編、ストーリー篇などのデーターベースがメインです。いずれご希望があれば無料で配布します(PDF)。

※以下、雑誌連載を参照しています。単行本派でネタバレを避けたい方は読まないでください。連載にも興味ある方は、単行本未収録のエピソード収録の『漫画アクション』を注記しましたので、ネット販売などを利用して是非お読みください。


1 男性が女性を描くこと/語ること

 『ハニワット』には魅力的な女性の登場人物が沢山登場します。今回は、そのような女性たちを紹介してゆきたいと思います。ただ厄介な問題が。それは男性(武富健治先生)が女性を描き、男性(easygoa46)が彼女たちを語ることです。「それって男性が都合の良い女性を描いている/語っているだけじゃん」と言われそうです。それを避けることは最終的に不可能だと思います。でも、すくなくとも武富先生は「良妻賢母」のようなステレオタイプの女性を描く漫画家ではないと思っています。そこで武富先生の代表作の一つ『鈴木先生』の女性たちから話を始めたいと思います。
 『鈴木先生』には河辺さんという女子学生が登場します。河辺さんは「生」で彼氏とセックスし、しかもそれを恥じることなく、クラスメイトたち、先生たちの前で堂々と「その良さ」を主張します。彼女の言動をきっかけにして、登場人物たちは「セックスの素晴らしさ」について考えてゆくようになるのですが、この河辺さんのような女性(女子学生)を描く武富先生は、決して「良妻賢母」型の女性、あるいは「男に都合の良い女」を描く作家ではなく、「性」とは何か、「性」と向き合うとは何かということを考える作家だと思います(一般化してすいません)。
 一転して『ハニワット』は男性が埴輪徒(埴輪土に変身したり、操ったりする人)として戦い、それをサポートする主巫女(アチメ)や巫女の女性が舞うという構造(特殊祭祀)なので、「男性に仕える女性」のイメージを与えます。しかし第2部・第29話「沙伽の遺産」(『漫画アクション』第18号、2021.0921)では、この特殊祭祀の秘密の一端が解き明かされます。主人公の久那土凛(くなと・りん)は、自分たち埴輪徒は器に過ぎず、

わかっているとおもうけど…
君らが僕に仕えているんじゃない…
僕が君らに仕えているんだ

と、巫女の一人、小滝エリに語るのです。
 このセリフで、特殊祭祀という「戦闘」における男女の主従関係は逆転します。一人の埴輪徒に複数の巫女が仕えているわけではなくて、一人の埴輪徒が複数の巫女たちに仕えるという構造なのです。武富先生らしい「戦闘」の構造だと思い熱くなりました。そして、これはまだ一端にすぎないので、まだ特殊祭祀の謎が全て解き明かされたわけではありません。ですから『ハニワット』世界における「性」の意味はまだまだ謎に包まれおり、うかつなことを書けないのですが、武富先生がステレオタイプの女性を描く男性漫画家ではないことを知っていただきたかったのです。

2 呉葉(くれは)

 呉葉は、山形県羽黒岳蜂子三山神社に所属する巫女。埴輪土・布留(はにわど・ふる)の修理のために訪れた正春(まさはる)の主巫女(アチメ)に立候補する。『ハニワット』では、連載最高度の「ギャル」キャラで、キャバクラ嬢のような容姿や言動など異彩を放っています。兄の呉舟(ごしゅう)のレクサスのエンジン音を聞き分けるなど、聴覚の良さもある(第2部・29話「沙伽の遺産」。『漫画アクション』第18号、2021.0921。単なるカーマニアかもしれない)。
 呉葉は第2部・第9話「イデハの再会」(単行本第6巻収録)で初登場し、この第9話自体が彼女を際立だせるための展開になっています。蜂子三山神社に到着した正春一行を、よっちゃん、ももちゃんという二人の「美人」の巫女が出迎えるのですが(正春は「いやーお二人とも変わらずおきれいで」とおべんちゃらをぬかす)、彼女たちを含めて出迎え側は全員標準語を話す。ところが、呉羽の最初のセリフは「んだ~ ハルが最初さ 載んなよ~」と、東北弁(地域はわかりません)全開で登場し、たじたじの正春に(二年前の因縁で苦手らしい)全力の抱擁をかます。読者の印象は「場末のキャバクラ嬢」です。第2部・第9話では、お世辞にも、漫画の登場人物として好かれるような要素は何もない。しかしこの呉羽、徐々にその魅力を露にしてゆきます。
 呉羽の生家、龍顔寺は由緒もあり、蜂子三山神社と対立関係にある寺院で、彼女はそのような対立をのり越えて、自分の「霊力」を活かし、蜂子三山神社の巫女として「蚩尤収め」に全力を尽くしているというサイドストーリーが、少しずつ語られ始めるからです。傾きかけた老舗菓子屋の娘が、過去に因縁がある新興大手菓子メーカーに就職し、自分の才能を活かして菓子業界を活性化する物語ともいえるでしょう(戦死しないでね)。そんな彼女のことを蜂子三山神社の人々もあまり理解しておらず、焦っている女(アチメになれない)、嫉妬深い女、生家の由緒を自慢する女としかみられていません。
 しかし、呉葉が正春の主巫女(アチメ)に決定し、「猫鳴き」ドグーンとの「戦闘」する際、彼女の眼は戦いへの決意に満ちていて、もう「カッコいい」としか呼べない存在になっています(第2部・第24話「埴輪徒 正春」『漫画アクション』第10号、2021.0518)。さらに「不戦敗」を喫した正春は弱音を吐くものの、呉葉は逃げるな、私も逃げないと励ますだけでなく、自分も奮い立たせようと決意を新たにします。

そったら顔すんでねよ
オラ これしきのことで―おめば見放したりしねど!
ぜってぇ立ち直んだぞ!
(第2部・第28話「新蚩尤、出現」『漫画アクション』第16号、2021.0817)

 もう猫鳴きドグーンとの戦闘は呉葉なしには、考えられない展開です。ぼくは呉葉と正春のコンビに不安を懐いていましたが、再戦に挑む二人を早く読みたいです。

3 酒田と鶴岡

 呉葉のおおらかさと強さは、すでに語ったように彼女が、酒田築港市(酒田市)と出羽羽黒岳(鶴岡市羽黒山)という二つの異なる文化圏を越境して生きているからだと思います。おおらかでなければ越境できないし、強くなければ完全に同化してしまう。その間(はざま)で生きる呉葉は、蜂子三山神社の仲間からみれば、由緒ある寺院のお嬢様風を吹かしている嫌な女としか見られないのです。これは蜂子三山神社に祀られる埴輪土・沙伽(はにわど・さか)に似ています。
 「沙伽の遺産」(第2部第29話)では、呉葉の父(龍顔寺の住職)は埴輪土・沙伽の由来を語ります。それによると龍顔寺のある酒田築港市(酒田市)は、はるか昔「サカの民」の移住集落があり、そこに下半身だけの埴輪土が持ち込まれた。その下半身パーツを利用して、この地に流れついた技術者たちは「王の埴輪土」を完成させた。しかし、寺社会議につながる唐・百済連合系の組織が、埴輪土・沙伽を強奪し、蜂子三山神社に祀った。つまり、埴輪土・沙伽も、本来は酒田築港市(酒田市)の「サカの民」所有であり、強奪という不幸な形で出羽羽黒岳(鶴岡市)に移動したのです。
 埴輪土・沙伽の由来は、おそらく龍顔寺に伝承されて、住職の娘、呉葉も知っていたのだと思います。しかしそれにもかかわらず、呉葉はその対立(一千年続く恨み)を自分の心のうちに押し込んで、埴輪土・沙伽を祀る蜂子三山神社で主巫女(あちめ)修行の道を選んだわけです。
 埴輪土・沙伽を祀る蜂子一族は崇峻天皇の第三皇子の蜂子皇子(はちのこ)の末裔と設定されています。蜂子皇子は、蘇我馬子が崇峻天皇を暗殺した際に聖徳太子に匿われて出羽に落ち延びたという伝承が残っています(出羽三山神社HP参照)。つまり「酒田」=「サカの民」と「出羽」=「蜂子皇子」では、そのルーツも異なるのです。このような複雑な対立をのり越えるおおらかさと強さを秘めた女性、それが呉葉です。
 呉葉は、蜂子三山神社の埴輪徒たちから主巫女(あちめ)には選ばれませんでした。そこで正春の主巫女に立候補します。おそらく、正春の主巫女になるしか彼女にはチャンスが無い。そのことを呉葉は冷静に見極めたのだと思います。そして彼女は正春を「出世の道具」と見做しているわけではないことも、数々の言動からわかります。兄の呉舟(ごしゅう)から「ついてゆくのか?」とたずねられると次のように返します。


んだァ♡
ぜってぇ
いい男さ
しでみせっがらよ 
第2部第30話「埴輪徒、再考」(『漫画アクション』第19号、2021.1005)


 これだけ聞くと、呉葉は古典的な「男に尽くす女性」に見えます。そういう側面もあります。しかし周囲の無理解の中で、彼女は「サカの民」と「蜂子一族」の一千年の対立をのり越えようと、自分の意志で決めた女性でもあります。兄の呉舟は生家の龍顔寺を継ぐ存在なので、埴輪徒への道を選択することは難しい。おそらく歴史的には古くとも、埴輪土・沙伽を奪われた龍顔寺の一族にとって、沙伽との強いかかわりを持ち、自分たちの能力を発揮することは宿世の悲願だったと想像できます。自分の意志で一族の悲願を引き受けた。呉葉はそういう女性なんだと思います。


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