ある出版社の終焉と、まぼろしの失敗作
先日、あまり使ったことがないGoogleドキュメントをのぞくと、意外なものが保存されていました。
『合金ミニスケープ』の初稿です。
ミニエスケープじゃありません、ミニスケープです。
市役所とかによく都市の模型が飾ってあるじゃないですか? あれミニスケープっていうんですよ。
Amazonに登録されたとき『合金ミニエスケープ』と思い切り間違えられてました。
そのAmazonで見ると発売日は2007年3月1日になっていますね。私の記憶では書店に並んだのは3月31日なのですが、もう17年も前のことだし出版社も消滅しているので何が正しいのかわかりません。
これは私の商業デビュー先「リーフ出版」から出版された最後の作品です。
この本が出た翌月、2007年4月に、リーフ出版は倒産しました。
もう17年前のことですし、いろいろ時効かなと思うので、覚えているかぎりのことをここに書き残しておこうと思います。
ものを書き、出版してもらっている方々の何かの役に立つかもしれないので。
リーフ出版様に恨みはありません。
逆に感謝してもしきれないと思っています。いきさつは長くなるので割愛するとして、アマチュアだった私を商業作家としてデビューさせてくれた出版社ですからね。
ここで『スコーピオン』をはじめ計5冊も出版していただきました。
ただ、今思えば倒産の前兆というかあやしい点がいくつもあったんですよ。
でも私はほかの出版社を知りませんでしたから、それがおかしいこととは思っていなかったんです。
最たるものが印税の分割払いでした。
印税は3ヶ月にわたって支払われました。
次に拾ってくれたのは中央公論新社様でしたが、出版契約の際、
「印税は発売の翌々月にお振込みしますね~」
「え? ま、まさか、い、一括なんですか?」
「え? 普通そうですが……?」
なんて会話ありました。
私の中では印税は分割払いされるものだったんですよ!
あとは一冊出すたびに担当さん変わったことですね。
本出た頃にはみんな辞めてました。そんなにブラックだったんでしょうか。
中央公論新社の担当さんもころころ変わりましたが、ここは部署異動とか昇進が理由でした。
リーフ出版のオフィスはきれいで、社員さんのほとんどが女性でした。
もともとBL小説の出版社でしたからね。当時はJuneとかJune系ともいわれてたかな。
ライトノベル界参入で起死回生をはかったのでしょうか。
北海道生まれ北海道育ち、個人の商店でしか働いたことのない田舎者である私が、初めて目の当たりにした「東京の会社のオフィス」でした。ドラマで見るオフィスそのままで、けっこう感動したものです。
残念ながら私が書いた本は売れませんでした。リーフ出版を救うことはできませんでした。
出版社が作家を切るとき、普通、「もうあなたの本は出しません」とはっきりは言いません。だんだん連絡が来なくなります。そして担当さんいなくなってて関係が自然消滅する、そんな感じです。
リーフ出版もそんな感じでしたが、『合金ミニスケープ』は少し違いました。
「連絡遅くなってすみません! また一冊書いてもらえませんか?」と、いつのまにか変わってた新しい担当さんから連絡が来ました。
それでこの本を書くことになったのですが、これ、原稿ものすごく急かされたんですよね。プロット出しから締め切りまで1ヶ月とかだったと思います。当時は専業作家だったのでできましたが、それでも、ヒーヒー言いながらやっと書きました。
それを理由にするのは違うような気もしますが、この小説、あまり良い出来ばえではなかったです。
当時友人に見本誌をあげましたが、「あんまり面白くない。いまいち」とはっきり言われました。
それはショックでしたが、なんとなく私も、そんな気がしていたので何も言い返せませんでした。
ただ当時の担当さんは、「最後泣いちゃいましたよ」と言ってくれました。なぜかそれをよく覚えています。
急かされた『合金ミニスケープ』が書店に並んでから、すぐのことでした。
同じレーベルで出版されていた、当時交流があった作家さんから連絡がきたのです。
リーフが倒産したようだ、と。
なぜだかあまり動揺しませんでした。
担当さんには、私から電話したのだったか。それとも向こうからかかってきたのか。ちょっとそこは覚えていないのですが、担当さんが電話口で号泣していたのは今でもはっきり覚えています。
社長と連絡が取れないと言っていました。そんなことほんとにあるんだなあとなかば感心していました。
そしてとにかく謝られました。でもほんとにめちゃくちゃ泣いてるので、私は逆に担当さんをはげましてましたしお礼も言ってました。
そんなわけで、株式会社リーフおよびリーフ出版は消滅。
『合金ミニスケープ』はあっという間に書店から引き揚げられ、印税は1円も支払われませんでした。
1ヶ月ヒーヒー言いながら、徹夜までして書いたのに、完全にタダ働きです。
でも作家ってそういう職業なんですよ。
本当に不安定なんです。
私はほかに、レーベルの消滅によって1冊出版契約を反故にされたこともあります。幻冬舎ってところなんですけどね。
でもそういうものなんです。本当に不安定なんです。
売れてなければそれでおしまい。売れない作家を拾ってくれるところなんてめったにない。
またアマチュアに逆戻り。新しい原稿をまたヒーヒー言いながら書いて、書いて、他の出版社に営業をかける。編集のお眼鏡にかなわなければ、また、タダ働き。
『合金ミニスケープ』は、私が書いた「伝説狩りシリーズ」のうちの1冊です。
『クロカマキリ』や『スコーピオン』といった作品とのつながりが深いうえ、長いこと、私は「失敗作」と思ってきました。だから実は、17年間読み返したことがないし、また世に出そうとも思わなかったんです。
初稿データもなくしたと思ってましたから。だってこれあれですよフロッピーディスクでバックアップ取りましたからねたしか。
それがどういうわけか、こうしてクラウドの中という最先端の保存媒体の中から発見されたのです。
せっかくだから勇気を出して読んでみようと思います。
そして、なんらかのかたちでまた公開しようかとも思います。
あまりにも恥ずかしくなければね。
世の中には、こういう本がたくさんあるんですよ。
忘れられていく本が。
消えていくんですよ。
作家ごと。