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『アステラスの柔軟な創薬』は、結局のところは原点回帰の話

柔軟な創薬ってどうゆうこと?

と、目に留まったこの記事は、以下のように始まります。

アステラス製薬が新たな新薬開発手法に挑んでいる。特定の病気を目的に新薬候補を開発するのではなく、技術やバイオ分野の知見などを組み合わせて一定範囲の疾病群を対象に「芋づる式」に創薬する。十数年ごとに製薬会社が迎える特許切れ(パテントクリフ)を乗り越え、成長の持続につなげようとしている。

柔軟な創薬とは、これまでの科学技術の知見を組み合わせて「芋づる式」に創薬すること。

私はこれで、ほぼ理解できます。何故なら研究者もしていたし、製薬企業でも働いたことがあるから。

しかし同時に、製薬業界に馴染みがない人にはパッと理解することは難しいためほぼほぼスルーされる記事だろうというのも理解できます。

医薬品製造販売業は、世の中に数多ある業種の一つです。薬を飲んだことがないという人はほぼいないと思っています。

それだけお薬自体は私たちにとってとても身近なものだとは思うのですが、「医薬品製造販売業」とはどういう業種か、特に創薬においてどのような新薬開発手法を採用しているかを答えられる人は少ないかと思います。


そこで、このアステラスの記事を利用して、製薬企業での創薬研究の概要をお伝えできたらと思っています。

このnoteを読んで、製薬企業の創薬研究をほんの少しでも身近に感じて貰えたら嬉しいです。


アステラスの「芋づる式」の創薬は、フォーカスエリアアプローチと呼ばれています。

18年に就任した安川健司CEOが主導するのが「フォーカスエリアアプローチ」という戦略。治療技術や知見を多様な疾患に広げて芋づる式に新薬を開発する。がん免疫や再生、ミトコンドリアといった生命現象と、遺伝子治療などの技術を組み合わせて、様々な病気に対応させていく。
(下記の図表は、日経電子版より抜粋)

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実は、私個人としてはこの取り組みに対して
全く新しさを感じていません。

しかしながら、大切だとは思っています。

これまで創薬研究は、

 バイオロジー縛りの研究
   か
 疾患縛りの研究

のどちらかに偏っていたように思っています。
※それはちょっと違うぞ!という場合は
教えて下さい!

詳細は以下の図をご覧ください。誤解を恐れずに分かり易くしています。

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創薬研究思想は、「バイオロジー」と「疾患」の間を揺れ動く振り子みたいだなぁと思っています。

「バイオロジー」と聞いて真っ先に思い出す創薬研究は、Gタンパク質共役受容体 (GPCR) の研究を通じた創薬研究です。

このGPCR全盛の時代を私自身は体験してはいないのですが、GPCRはどんな疾患に関与するのか?を深く研究していた時期があったと偉い方に聞いたのを記憶しています。

なので、前時代的な創薬の標的分子と思われる人もいるかもしれませんが、現在でもGPCRを薬の標的とした創薬プログラムは数多く存在します。

<GPCRって何?>
Gタンパク質共役受容体 (GPCR) には様々な種類が存在し、多くの疾患に関与しているため、市販薬の数割がGタンパク質共役受容体のうちのいずれかを標的としている。

今回のアステラスとGCPRの例は、同じ思想だと思っています。

新旧のやり方を比較すると
<今回のアステラス>
Step1)バイオ分野の知見を生かして
Step2)どんな疾患が狙えるか考える

<以前のGPCR全盛時代>
Step1)GPCRの知見を生かして
Step2)どんな疾患が狙えるか考える

今回アステラスが進めている柔軟な創薬という考え方は、現時点までに蓄積されてきた膨大なバイオ分野のデータ、恐らく論文や特許、医薬品情報など多岐にわたる情報ソースを統合して創薬に利用するということになります。

この考え方自体も大切なポイントだと思います。

フォーカスエリアアプローチでの思考の流れは、(非常に単純化して書くと)バイオロジーを縦糸とし、テクノロジーを横糸としたときに、その交差点にすっぽりと当てはまる対象疾患を捉えてから研究開発するといった感じになります。

バイオインフォマティクスの手法を使うと、バイオロジーから考えられる疾患をこれまでの古今東西のバイオ分野のデータに照らしてその関係性を計算することにより多くの候補疾患が割と簡単に見つかります。

<バイオインフォマティクスって何?>
生命科学と情報科学の融合分野のひとつであり、DNAやRNA、タンパク質をはじめとする、生命が持つ様々な「情報」を対象に、情報科学や統計学などのアルゴリズムを用いた方法論やソフトウェアを開発し、またそれらを用いた分析から生命現象を解き明かしていく(in silico 解析)ことを目的とした学問分野である。

バイオインフォマティクスに関してもっと知りたいという素敵な人は、以前にまとめた以下の記事をどうぞ。

ここまでまとめてみると、なぜ私が「この取り組みに対して全く新しさを感じていません。」という感想を持つに至ったのかが分かった気がしています。

それは、以下のような研究の歴史を想像しているからです。

1)最初はバイオロジー研究から始まって、次第に候補疾患が見えてくる
   ↓
2)研究者の性で、その候補疾患を知りたくなる(研究者の興味に依存)
   ↓
3)候補疾患での開発が進み、疾患領域別の研究体制となる
   ↓
4)バイオロジーの知見が疾患領域に偏ることになる
   ↓
5)疾患領域を離れて、1)に戻る機運が高まる

アステラスは5)から1)に戻ったと私は考えています。以上が「芋づる式創薬」の骨格です。

これによりアステラス内部には、多くの研究テーマが生まれることが期待されています。

なぜ多くの研究テーマの出現が期待されているかというと、自社創製品はうまみがあるからです。

海外企業に導出すれば、契約一時金があるだけでなく、開発途中の品目であれば、開発段階が進むと貰えるマイルストン収入、上市すれば、毎年ロイヤリティ収入、勿論自社で販売することによる収入も。そして、往々にして株価も上がります。

しかしながら、創薬研究がうまくいったとして、最も大切になのは、その後なんです、その後。

それでも新薬に市場は慎重だ。三菱UFJモルガン・スタンレー証券の若尾正示氏は「一つ一つは悪くないがホームラン級がない」と指摘する。 

とあるように、市場からは創薬力とは別に、創薬力をビジネスとして大きく花開かせる手腕ももちろん求められています。

製薬企業には、研究活動とは違う方向性のスキルも必要なのです。

研究開発費という巨額の先行投資に対して、どれだけ売上げが見込めて、いつごろまでに回収ができるのか?

当たり前のことを言うと、開発をする疾患についてはしっかりと見極める必要があります。

と、簡単に書きましたが、実際には非常に多くの比較条件を検討する必要があるだけでなく、多くのステークホルダがいるためかなりハードなプレッシャーの元で選択をしなければならないことを皆さんにも知っておいて欲しいです。

以下は、主要な比較条件の一部です。(本当はもっとある)

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今回引用した日経記事は、以下のように締め括られています。

世界の製薬大手は有望な新薬候補を持つベンチャーを「買う」ことに力を注ぐ。アステラスの新薬づくりの挑戦はこの流れに一石を投じることができるだろうか。

新薬候補を買わずに自前で創薬する方向性は製薬企業としての原点回帰とも言えると思います。

個人的には心から応援しています。

良い製品、すなわち良い医薬品が世の中に増えることは、疾病に苦しむ患者さんにとって福音となるからです。


#創薬研究 #アステラス製薬 #フォーカスエリアアプローチ

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黒坂宗久(黒坂図書館 館長)
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