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小説「走る、繋ぐ、生きる」第12話

【歩子@ 20mile – Finish ,Manhattan】

無心で、ただ、一歩一歩を前に出すだけに集中する。泣いている暇、他人を羨んでいる暇があれば、そのエネルギーを自分が前進する為に使え。
歩子は自分に言い聞かす。

セントラルパーク沿い五番街の緩やかな坂は、そんなランナーの気持ちを挫くには十分な程ダラダラと長く、多くのランナーが立ち止まったり、歩き始めたりしていた。

歩子も意識朦朧となる瞬間があった。だが、何とか、気合い入れ直し、止まらず、登り切った。

漸く、セントラルパークに入る。今度は下りだ。この頃になると、下りもキツい。脚をうまく支えられなくなるのだ。

だが、沿道から「ユーキャンドゥーイット!(君には出来る!)」という声を聞くと、“そうだ!私には出来る!”と、消えかけた闘志がまた湧く。その声援をエネルギーに換え、次の1キロを進む。

NYCマラソンのコースは、40キロ過ぎから、また、一度、セントラルパークを出て、セントラルパークサウスと呼ばれる59丁目沿いを東から西に走り、コロンバスサークルから再び、セントラルパークに入り、300メートル程でゴールとなる。

このセントラルパーク沿いが、ランナーにとっては最後の大舞台、一番街に入った時以上の大歓声が、セントラルパークを出たランナーを迎える。

遂に、歩子も、この場所に、たどり着いた。スタートから4時間30分7秒。
ゴールまで、後1マイル(1.6キロ)。
目標タイム4時間30分がここで過ぎてしまった。

仕方ない。前半、自分はレースに集中していなかった。でも、ちょっと悔しい。
自分はレースに負けたんだと思うと、さっきまでの集中力が途切れ、周囲を見渡す余裕が生まれた。

ああ、この場所、TVで見たことある。それにしても、すごい人だ。
何重もの人垣ができている。手を出して、最後のハイタッチを求める人の手。自分が応援するランナーの名前の看板もたくさん見える。

その中のひとつに歩子の目は釘付けになった。

“GO! AYUKO & JOHN”

え、うそ。

歩子は、驚愕したまま、その看板の方にふらふらと近づいた。

ブラウン夫妻がいた。ジョンの写真の代わりに、看板を高く掲げ。

歩子を発見したミセスブラウン・メアリーは叫んだ。

「ゴー!アユゥコ!フィニッシュ、ストロング(最後まで力一杯走り抜け)!!」

ミスターブラウン・ジムも叫んだ。

「ゴー!アユゥコ! See you at Reunion point! (行け!歩子、待ち合わせポイントで会おう)」

ガクガクと頷き、歩子は前を向き、ゴールに向かってスピードを上げた。

信じられない、信じられない。

呟きながら、走った。どんどん息が苦しくなる。だけど、フィニッシュ・ストロングがしたい。ここで、スピードを緩めたくない。

セントラルパークに再び入る。最後の登り坂がランナーたちをさらに痛めつける。

ゼイゼイと自分の息が耳に響く。

苦しい。止まりたい。だけど、負けたくない。

心臓がドクンと鳴った。

声が聞こえた。心に直接、響くように。

“Ayuko, もう少しだ。僕を信じて、自分を信じて。Yes, We can do it !(そうさ、僕たちは出来る!)」

血液が、身体中に一気に巡るのを感じた。急に呼吸が楽になった。

歩子は疾走した。後、50メートル。

大歓声の中、ジョンと共にフィニッシュゲートを駆け抜けた。

涙が溢れ、こぼれない様、天を見上げた。
そして、気づいた。

私がニューヨークにジョンを連れてきたんじゃない。

ジョンが私を連れてきてくれたんだと。

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