スカイとマルコ(9)・犬だって考えてる
「スカイ、どうしているかな?ちゃんと、やれているかな?」
マルコは、時枝さんを玄関で見送った後、自分のふかふかのベッドの中で考えた。考えながら、自分のこの幸せな毎日にちょっぴり罪悪感を持った。
もし、スカイがまだあそこに居て、あの薄いシーツに1匹で包まっていたら、と想像すると胸が締め付けられた。
「また、あの子のことを考えていたの?」
いつの間にか、シェルターに時枝さんと一緒にいた実態のないゴールデンレッドリバーのピーターが、マルコを覗き込んでいた。
もう1匹の柴犬ミックスだと思われる、サスケはきっと、時枝さんと一緒なのだろう。
サスケは、死んでから、5ヶ月だから、まだまだ寂しくって、一緒にいたいのだろう。
ピーターは、時枝さんにとって初めて飼った犬。その頃は、まだ旦那さんも生きていて、子供が出来なかった二人は、せっかくだから、世話のかかる大型犬を飼うことにしたそうだ。ゴールデンレッドリパーの仔犬は、その期待を裏切らず、あらゆる家具を破壊し、散歩で水溜りを発見したら、飛び込んで、洗い立ての毛を台無しにした。
その度に、「コラー!」と怖い声を出しながら、叱ったけど、本当は全然、本気で怒っていないことはバレバレだった、とピーターは懐かしそうに語った。
「僕は15年生きた。大型犬にしては、上出来だろう?」
ピーターはウィンクしてみせた。
その顔を見て、本当は時枝さんのその時が来るまで一緒にいたかったんだろうな、とマルコは思った。
時枝さんの旦那さんは、ピーターの旅立ちを待っていたかの様に、半年を待たずに亡くなった。気づいた時は、ステージ4のがんだったそうだ。
「僕は大丈夫。ピーターが迎えに来てくれるからね。だから、時枝は自分のこれからの人生を考えなさい。たくさん、泣いたら、後は、笑って生きて欲しい。そうだ、僕のお世話が終わったら、また、犬を飼いなさい。僕に似た気難しい、頑固者の犬なんかどうだい? ああ、そんなことを想像するだけで、楽しい気持ちになるなぁ。」
そんなことばかり言って、旦那さんは旅立ったそうだ。
その約束を果たすように、時枝さんは、サスケを探し当てた。
ピーターを飼っているうちに、色んな犬の事情を知る様になり、今度飼う時は、保護犬にしようと決めていたそうで、旦那さんが亡くなった後、3ヶ月は毎日毎日泣き暮らし、その後は、決心したように、泣くことはなく、日々、シェルター情報を検索した。
サスケの写真を見た時、旦那さんと瓜二つで驚いたそうだ。
若い頃の旦那さんではなく、時枝さんと一緒に歳を取って、中年になった旦那さん。当然、サスケも中年犬。野犬狩りで保護され、人に懐かず、1年以上、引き取り手が見つからない為、安楽死リストにまもなく載せられるはずだった。
時枝さんは、すぐさま、連絡を取り、サスケに会いに行った。
不思議なことに、誰にも懐かなかったのに、時枝さんには、素直に従い、一緒に帰ったそうだ。そりゃそうだ、ピーターが時枝さんに寄り添い、サスケをリクルートしたんだから。
「君、本当はそろそろ人間って悪い生き物じゃないかもって思ってきたんじゃない?」
「お前、誰?」
「僕は、ピーター。時枝さんの最初の犬さ。時枝さんは、最高の人間だよ。この人と一緒にいたら、君は間違いなく幸せになるよ。僕が保証する。」
ピーターの人懐っこい誘いに、サスケは心を動かされた。だけど、すぐには決心がつかなかった。だけど、ピーターの次の言葉で、心が決まった。
「時枝さん、一人ぼっちなんだ。旦那さんを亡くして、3ヶ月間ずっと泣いていたんだよ。だけど、君の写真を見つけたら、笑顔になった。本当は、僕が時枝さんを笑顔にしたいけど、僕はもう出来ないからさ。だから、君にお願いしたいんだ。時枝さんを、僕の大切なママを、笑顔にして欲しいって。」
俺は、幸せしか知らない人間とはきっとうまくやれない。俺のことを理解できるはずがないから。
サスケは、時枝さんを纏う深い悲しみのオーラと自分が繋がるのを感じた。
マイナスとマイナスを掛け合わせるとプラスになるように、サスケの心が久しぶりに温かくなった。いつ以来だろう?こんな気持ち。そうだ、ママのおっぱいを吸っていた頃。温かいママの毛に包まれて、安心しか知らなかった頃。
「分かった。この人と一緒に行く。」
サスケは、照れくさそうな顔で言った。
「お前みたいに笑顔にして上げられないかもしれないけどさ。でも、俺が守る。お前の分まで。」と。
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