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スカイとマルコ(29)・別れと出会い

ソラの毛、すっかり胡麻塩状態になったなぁ、と月子さんはブラッシングしながら思う。あんなにツヤツヤの真っ黒だった毛に白い色が混じり始めたのはいつ頃だっただろう?多分、ソラが7歳を過ぎたぐらいからかな?

今、ソラは15歳。つまり、15年という年月が私とソラの上に流れたということだ。出会った頃は、ソラは1歳。人間の歳なら10歳ぐらいか。私は31歳になったばかりだったけど、私の方がずっと年上だった。だけど、今、私は、47歳で、ソラは、人間なら100歳近い。あっという間に、私の歳を追い越してしまい、気づけば、すっかりおばあちゃんになってしまった。

あんなに傍若無人で、人間達を翻弄し続けたのに、いつの間にか、散歩の足取りが重たくなり、距離が短くなり、家で寝ている時間が長くなった。
最近は起きていても、ぼーっとしている表情が多い。
自分がどこにいるのかも分からなくなってきているのかもしれない。でも、食欲は変わらずだから、まだまだ生きてくれるかな。

昨日、久しぶりに、高校時代の友人と会った。娘が大学受験で、一緒に上京してきているから、お茶でもしようと連絡があったのだ。
ずっと独身で仕事をしてきた自分と、20代で結婚し、出産を経験し、専業主婦をしてきた友人とでは共通の話題はそれほどない。だけど、年齢だけは一緒だから、身体の劣化具合の話は弾んだ。

「数年前から更年期障害かな、って感じることがあったけど、今年になってから、遂に、生理がすっかり止まったのよ。ああ、私も更年期障害に完全突入よ。そんな時に娘の受験でしょう?イライラがマックスよ。」

友人が眉間に皺を寄せながら、苦笑いで話す。
月子さんはそれを聞きながら、ああ、遂に、同じ状態になった、と思った。

30歳の誕生日を迎える少し前、月子さんは、子宮の病気になり、手術で子宮を全摘した。大学卒業してすぐに知り合い、同棲をしていた彼氏の鈴木あきのりくんは、月子さんと真逆の熱血漢タイプで、月子さんの病気発覚に動揺しつつ、「月子、安心しろ、俺が結婚してやる。だから、心配するな。」と、涙ながらに抱きしめた。
月子さんの親も、「鈴木くんみたいな人、そういないわよ。子供の産めない身体になったあなたを貰ってくれるなんて、一生感謝しないとね。」と言った。

月子さんは、「私は、一生、不良品になった私を貰ってくれてありがとう。」と感じながら生活をするのかと想像すると変な感じがした。
仕事も続け、生活費も折半している上、家のことは月子さんの方がやっていいることが多い。それでもイコールな関係じゃなくなるのか。

親も友人達も、鈴木くんを、可哀想な月子を守るヒーローみたいに褒め讃えたが、月子さんの心はその度になんとも言えない違和感を覚えた。

結局、月子さんは、鈴木くんのプロポーズを断った。
理由も正直に話した。それに対し、鈴木くんは、「お前、本当に性格が悪いな。引け目に感じさせられるって・・・、普通は感謝を感じるんじゃないのか?お前、自分の立場、分かってる?お前みたいな性格の悪い女は一生一人で生きていくことになるぞ。」と、呆れたように言った。

同棲を解消し、月子さんはこの町に引っ越してきた。
住民票を移す時、市役所に訪れ、保護犬保護猫の里親募集の張り紙が目に入った。沢山の犬猫達の写真と簡単なプロフィールが掲載されており、ソラもそこにいた。”難しい性格ですが、根は良い子のはずです。”という一文に、思わず笑った。

生活が落ち着き始めた頃、まさか、もういないだろうと思って覗いた、シェルターのサイトに、その子はまだ掲載されていた。張り紙の写真より、大人びた顔になっていた。

月子さんは、その子のことが頭から離れなくなり、情報を集め、その子が何度も里親候補にどんな態度を取ったかを知った。

私みたい。

”貰ってやる。幸せにしてあげる。なぜなら、お前は可哀想だから。”

その言葉に傷つく自分がいる。その言葉で尊厳が奪われる自分がいる。

この子も一緒なのかもしれない。

月子さんは、意を決して、その子に会いに行った。
だから、ソラとの今がある。






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