小説「走る、繋ぐ、生きる」第8話
【歩子@スタート】
号砲が鳴り、NYCマラソンがスタートした。
歩子は、人混みの中、足元に注意しながら、ベラゾノブリッジを渡り始めた。
多くのランナーの興奮が、歩子にも伝わり、緊張より高揚感が沸き起こってきた。
左手遠く、マンハッタンが見える。
あそこまで、走るのか。
そう思うと、なんか不思議な気持ちになる。うんざりする様な距離のはずなのに、ワクワクするのだ。
心臓は、長い坂を登りきるのにバクバクしていたが、下に差し掛かる頃には収まり、ブルックリンに繋がる下り坂を、歩子は軽快に駆け下りた。
人々の歓声が聞こえ始めた。
ああ、ここがブルックリンなんだ。
道路の左右の沿道に、地元民たちが、応援するランナーの名前や顔写真の看板を掲げていたり、カウベルを鳴らしたりしながら、応援してくれている。
途中、途中に、地元のバンドがノリのいい音楽を奏で、ランナーを鼓舞する。
興奮の所為か、気を許すと予定のペースより、速くなってしまう。
逸る気持ちを抑え、慎重に、慎重に、と自分を言い聞かせ、歩子は進んだ。
もし、ブラウン夫妻が、今年も応援しているとすれば、8マイルから9マイルの間だろう。
歩子は、インタビュー映像を何度も見て、ストリートの看板を見つけ、特定した場所を思い返す。
歩子は、メールを夫妻に送った時、自分が何者で、どういう経緯で、ブラウン夫妻を知り、色々考えた結果、NYCマラソンを走りに行く事をしたと書いた。
彼らから、「沿道で会えるのを楽しみにしています。頑張って下さい。」等の返信が当たり前に来るものだと期待していたわけではないけれど、でも、スタート直前まで、メールをチェックする自分は、やっぱり期待していたのかもしれない。
いや、許可が欲しかったのかもしれない。ジョンの代わりに走っても良いですよ、と云う。
私がやっていることは、単なる私の自己満足だろうか?
10キロの看板が見えた。
ランニングウォッチを見る。ペースは悪くない。むしろ、良すぎるぐらいだ。
後、8マイルまで、2マイル(3.2キロ)ぐらいか。
歩子の鼓動が高鳴り始めた。
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