「ショートストーリー」:空の森③
「げ、今回、10%以上、値上げしてきた。強気だなー。」
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新型コロナパンデミックで急落したマンハッタンの家賃が、2022年に入り、損した分を取り戻すかのように、急騰している。私とルームメイトの無数が借りているアッパーウェストサイドの4階建ウォークアップ(階段のみのビル)の4階の2ベッドルームのアパートも、例に漏れず、更新時に10%以上の値上げをしてきた。お陰で、家賃は1ヶ月$3000を超えてしまった。
セントラルパークのグランドキーパーのサラリーは、5万ドル弱。税金やらなんやらで30%以上引かれると、手取りは$2,500 程度。家賃に$1,500取られると、残り$1,000。まぁ、暮らせないことはないけど、余裕はない。
「僕、$2,000負担するよ。僕の方が素良よりお給料貰っているし。」
「え?」
思わず驚いた顔で無数を見た。今まで、私たちはお金のことは全部折半にしてきた。お互い、大体、どれぐらい貰っているなんて話は、一緒に住む時点で明かし、これぐらいの家賃ならって、今のアパートに決めたのだ。
「別に気にしなくていいよ。ほら、僕、天才プログラマーだから、6月のボーナスもサラリーの20%貰ったし。」
んー、でもなぁ、と、乗り気じゃない僕が頭を出す。(私から僕に交代)
お金って、一度、甘え出すとキリがなくなる気がするんだよなぁ。
そして、どこかで、”出してもらっている。”って卑屈な感覚も生まれそうだ。素良の方は、今は気にしないかもしれないけど、それが積み重なってきたらどうだろう?僕は、人間をそれほど信用していない。自分自身を含めてね。
「素良、ありがとう。でも、そんなんじゃ、すぐに悪い人にたかられるよ。ああ、素良がお人好し過ぎて、心配だー。」
わざと茶化して、無数からの有難いオファーをないものにしようとした。
「え、でも、現実、大変じゃない?僕、素良にだから言ってるんだけど。他の人にはそんな事言わないよ。一緒に暮らすって、どっちかが大変ならどっちかが出来るならやれば良いだけでしょ。」
無数、君は非常に純粋だ。
だが、だからこそ傷つく。自分の心の変化にすら君は傷つくのさ。そして、僕はそんな君を傷つける人間にはなりたくない。
「んー、ちょっと何とかなるか、やってみる。出来なそうなら、無数に相談するよ。」
腑に落ちない顔の無数を残し、自分の部屋に移動した。
ラップトップを開く。
「仕方ねぇ、成金野郎の仕事受けるか。」
2週間ほどほっておいたオハイオ州在住のアメリカ人から届いた依頼メール。自分ちの広大な庭に日本庭園を作りたいという内容だ。
僕はセントラルパークのグランドキーパー以外に、個人でガーデニのデザインやコンサルをやっている。興味のある仕事なら受けるってベースだが、偶に、気候も土壌の質も違うアメリカで、日本庭園を作りたいって、お金の無駄使いをしたい成金野郎の要望を受けることがある。正直、あまり好きな仕事ではないが、家賃が上がっただけじゃなく、NYの物価高騰も尋常じゃない。背に腹は変えられん。神様、ごめん。でも、僕はボッタクリになる。
デザイン&コンサルの見積金額をグランドキーパーの2倍以上にして、送信した。勿論、経費は別。
数時間後、「問題なし。出来次第ではプラスαもあり。」との返信がきた。
これで、彼は、「この庭にこんなにお金をかけたんだ。」と自慢できるであろう。
人助けをして、お金を稼ぐ。うん、悪いことじゃない。
無数、僕は君が思っているよりずっと強かだよ。
だから、安心してくれ。僕は僕で生きれるから。