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「小説」セントラルパークランナーズ(43歳・男性)
彼のガッツポーズを喜べない自分がいた。
半年前まで俺が彼にランニングなるものを教えていた。彼は、職場同様、俺のアドバイスに素直に従い、更に自分なりの工夫を加え、どんどん進化していった。俺の8つ下の会社の後輩・八代は35歳。奴の打てば響く肉体が羨ましい。そして、そんな風に感じてしまう自分が受け入れ難い。
「お、八代、やったな。遂に10キロレース、45分切りか。走り始めて、まだ、半年ですごい成長じゃないか。八代はランニングの才能があるから、もっと伸びるよ。」
だから、敢えて、心にもないぐらい褒めた。
半年前、八代が単身赴任で休日暇しているって言うので、深い意味なく、ランニングを勧めた。折角、ニューヨークに赴任してきたんだから、一回ぐらいNYCマラソン走るのは記念になるぞ、とも言った。実際、3年前、自分もセントラルパークの側にアパートを借りたことから始めた趣味。そのうち、毎週末に様々な距離のレースが開催されているのを知り、1回ぐらい試しに出てみるかと思って出たのが運の尽き。ハマってしまった。もちろん、NYCマラソンは2回走っている。次こそはサブフォーをと思っている。先日のハーフマラソンは、1時間53分で完走。今回の10キロレースも49分を切って走ってPR。俺は俺なりに着実に成長している。だが、最近の俺はついつい八代と自分を比べては、イラつき、そして、自己嫌悪に陥っている。そして、それを後輩に知られたくないプライドがより一層、モヤモヤに拍車をかけている。
深い意味もなく、偶々、始めたランニング。続けていくうちに、ダブついた腹回りが引き締まり、同期の中年太りグループから脱退出来た。何より、仕事とかこつけて、会社の連中との夜中までの暴飲暴食が減り、嫁さんからも、「良い趣味じゃない。一生続けてね。」とまで言われている。良いこと尽くしのランニング。
だが、ここにきて、まさかのブレーキ。走るのが、辛くなってきた。
レース後、「軽くジョグしていきませんか?」という八代の誘いを断り、足取り重く、アパートに戻る。
「あら、早かったわね。何、その顔。狙っていたタイム出せなかったの?」
「いや、出せた。PR。」
「じゃぁ、何でそんな不満そうな顔してるの?今まで、レース出る度に、意気揚々と帰ってきたり、思いっきり、悔しがって帰ってきたじゃない。」
そうだな。そうだった。そんな自分が俺は心地良かった。だが、今は、そうじゃない。
「まぁ、いいわ。それより、ミッキーのお散歩連れて行ってよ。朝、ちょっとバタバタしていて、まだなのよ。」
黒白のプードルミックス、ミッキー。ミッキーマウスと似ているからという理由で嫁さんがつけた。犬にネズミの名前をつけるのはどうかと思ったが、第二候補のネーミングがパンダだったので、それならミッキーで、と同意した。
ミッキーを連れて、さっきまでいたセントラルパークに戻ってきた。
ミッキーの行きたい方向に合わせ、ブラブラと芝生の上を歩いていると、見覚えのあるフォームのランナーが、走っているのが見えた。どうやら、キャットヒル(セントラルパーク東の坂の名前)リピートをしているらしい。何本目だろう、汗で背中にシャツが張り付いている。
もう良い加減にしたらどうだ。もう十分速いんだから。そんな言葉が頭の中を駆け巡る。だが、そんな俺の気持ちを無視する様に、八代は息を整えながら、坂を降り、何度か大きく息を吸っては、吐き、再び、坂を駆け上がり始めた。途中、苦しくなったのか、顎が上がる。失速しそうになる。目の光が鈍くなる。
「八代、がんばれっ。最後まで気を抜くなっ。」
俺の言葉に、ハッとした様に、八代の瞳に光が戻った。同時に、脚の踏ん張りも蘇り、力強く、最後の坂を登り切っていった。
なんで、あんな言葉が出たんだろう?
自分でも分からない。でも、分かるのは、俺はやっぱりランニングが好きだということだ。一生懸命、走っている奴が好きだということだ。
「さて、俺も、もう一踏ん張りするか。」
ミッキーに笑いかけながら、キャットヒルを走って登るべく、手綱を引いいた。