「未来のために」第1話
創作大賞2024応募作品
全13話
第1話 「出会い」
「今日も収穫ゼロか……」
「そうだな」
生存者を探す本城レオと越名伊折は太陽が照りつける中、誰もいない町を汗だくになりながら歩いていた。
世界が恐怖に包まれたのは今から二年前。
日の出とともに突然人々が次々に倒れていった。最初は何が起きたのか誰にも何もわからなかった。何かの汚染物質が空気中に現れたのか細菌兵器でも撒かれたのか、とにかく人間だけではなく、ありとあらゆる生物全てがバタバタと死んでいったのだ。
全身が火傷のようにただれ激しい痛みを伴いながら死ぬ者、突然燃えだし叫びながら死ぬ者、身体から膿のような物が吹き出し溶けるかのように死ぬ者。これらの症状が出てしまったら最後、生存確率はゼロパーセント、あっという間に死に至ってしまうのだった。
世界中の医者、研究者、学者、ありとあらゆる分野の有識者が原因をつきとめた頃にはもう、すでに一年という月日が経ち、生存者は世界各国にそれぞれ数える程度の人間しか残っていなかった。
『……レオ、伊折、もうすぐ日の入りだ。そろそろ戻った方がいいぞ』
二人が付けているイヤホンから声が聴こえた。
「わかりました、戻ります」
「了解です」
伊折とレオは顔を見合わせると振り返り、もと来た道を引き返した。
太陽にほど近いこの星の生物は、何百年も前からすでに太陽から出る放射物質に汚染されていた。つまり一度でも太陽の光を浴びた人間や動物はその放射物質に感染していたのだ。有識者たちはその放射物質を「ヴラド」と名付けた。ヴラドウィルスに感染している生物はウィルスの突然変異により、もう一度太陽の光を浴びると発症し死んでしまうということがわかった。
死に至る原因が太陽だとわかると、ごくわずかな生存者は陽にあたらないようにする生活をはじめなければならなかった。昼間は建物の中に身を潜めた。陽が沈み、夜になると外へ出ることができる。そして家族や恋人、友達、ペットなどを亡くし、孤独になった者たちが集い、自然と共同生活をするようになっていた。
レオも伊折も家族を亡くし、孤独になってしまった者同士だった。
散歩がてら荒廃した街を探索したあと、崩れた建物の上で休憩がてら夜風にあたっている時だった。遠くをふらふらと歩いている少年を見つけた伊折はすぐにその姿を追いかけた。
「おーい!」
立ち止まった少年に伊折が声をかけた。
「ねえ、どこ行くの? 暇なら手伝ってよ」
振り向いた少年は華奢でまだあどけなさの残る、かわいらしい顔をしていた。
「……手伝うって、何を?」
少年は不思議そうな顔で伊折を見た。
「あれ? 君ってもしかして……」
伊折は少年に近寄り、その目をまっすぐに見つめた。
「ねえ、名前なんて言うの? 俺は越名伊折、よろしくな」
そう言うと伊折は少年に右手を差し出し握手を求めた。
「本城、レオ」
レオはその手を掴んだ。
「レオ、俺が住んでいるコロニーにおいでよ。レオは自分がクロスだってこと気づいてないだろ?」
「……クロス?」
「やっぱりな。皆を紹介するよ。さあ行こう」
「あっ」
伊折は握っていたレオの手を引っ張って歩き出していた。
こうやって二人は出会ったのだった。
伊折に連れてこられたコロニーという名の建物はもともとは小さな病院のようだった。中に入り、伊折が一階の奥のERと書かれたドアを開けると、そこには白衣を着た男と女がモニターらしきものを座って見ていた。
「お帰りなさい伊折。あら、その子は?」
伊折の後ろに隠れるようにして立っていたレオを見つけた女が言った。
「ああ、さっきそこで見つけたんだけど、彼は本城レオ。どうやらレオはクロスみたいだ」
「えっ?」
「は?」
白衣を着た二人は慌てるようにして立ち上がり、伊折とレオのほうへ駆け寄った。
「レオくんって言ったかい? ちょっと目を見せてくれ」
男がレオの目をじっと見つめていた。
「本当だ……クロスみたいだ。すぐ検査しよう! さあ、横になって」
興奮した様子の男を見て、伊折があきれた顔をしている。
「待てよ教授、レオにちゃんと説明しろよな。レオが怖がってるだろ?」
「えっ? ああ、そうか、そうだな。まずは自己紹介しなきゃな」
教授と呼ばれたその男は恥ずかしそうにしながら言った。
「悪かったねレオくん。興奮しちゃってさ。俺は神山悟史。もともと大学でウィルスの研究をしていたんだ。だから皆は俺のことを教授って呼んでる。そしてこちらの美人さんはドクターの楠美麗子先生だ」
教授はそう言って笑顔になった。
「はじめましてレオくん。私はもともと内科医をしていたの。よろしくね」
整った綺麗な顔、つやのある長い黒髪をした先生がレオに微笑んだ。
「よ、よろしくお願いします」
小さな声でそう言うと、レオは二人に頭を下げた。
「なあレオ、俺の目を見て」
挨拶が終わると伊折はレオの肩を引き寄せ自分の方へ向けた。
「目? 赤……い?」
レオは伊折の目をじっと見つめていた。
「そう。夜だからわかりづらいかもしれないけど、昼間見たら真っ赤なんだぜ。俺もレオも」
「僕も?」
「うん。レオは今は昼間は外に出ていないだろ? だから自分では気づきにくいんだ。どうやら俺たちは突然変異したらしい。この赤い目を持った人を、俺たちはクロスって呼んでる」
「クロス……」
その時、神山教授が咳払いをした。
「その目を持つ人はこのヴラドウィルスの抗体を持っているってことなんだ。だからレオくんも抗体を持っている数少ない人間のひとりさ」
「抗体を持っていると昼間に外に出て太陽の光を浴びても平気なのよ。症状が出ないの。何か心当たりはあるんじゃない?」
麗子先生が続けて言った。
レオは何かを考えるようにしながらうつむくと、その姿勢のままでそっと口を開いた。
「僕の……僕の目の前で家族が。僕だけなんともなくて……何で……何で自分だけ……って」
レオの声は少し震え、必死で何かをこらえているようだった。
「そうかそうか……」
麗子先生がレオの頭を優しく撫でていた。それを見て伊折はすぐにレオの肩を自分のほうへと抱き寄せた。
「レオ、俺だって似たようなもんさ。俺だけが生き残ってここにたどり着いたんだ。教授だって麗子先生だって皆同じさ。
なあレオ、他にも俺たちみたいに一人ぼっちになった人がいるはずなんだ。どこかできっと助けを求めている。俺たちはそんな生存者を探しているんだ。抗体を持つクロスもな。教授と麗子先生がクロスの血で薬の研究をしてくれている。だからレオも協力してくれないか? ここで俺たちと一緒に」
伊折はうつむいたままのレオの肩をさすっていた。
「……うん」
レオは顔をあげて伊折を見た。
「わかった……協力するよ」
「そっか、ありがとうなレオ」
「ありがとう」
「ありがとうレオくん」
そうしてレオが落ち着いた様子をみせるとすぐに検査が始まった。血液検査にレントゲン、MRIなどごく一般的な検査を一通り終えた頃にはレオも疲れているようだった。
「レオ、お前の部屋に案内するよ」
「うん」
そう言うと伊折は研究室を出て、レオを最上階の四階へと連れてきた。
「俺の隣の部屋でいいだろ?」
402号室と書かれたドアを開けると、そこは広い個室の部屋だった。ベッドとシャワー、それにトイレもついている立派な部屋だった。
「すごい! いいの? ありがとう伊折」
「こっちこそありがとうな、レオ」
レオの表情はようやく笑顔になっていた。
「じゃあな、お休みレオ」
安心したのか、伊折も笑顔でそう言って部屋を出て行った。レオはすぐにベッドに飛び込んでいた。そしてそのまま、眠りにおちたようだった。