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”城壁おじさん”も、夢の舞台なんだ。

ワールドカップの話しかしてませんね。まぁ4年に1度ですし。いよいよ決勝トーナメントも始まり、ますます盛り上がりを見せています。試合時間が遅くなって眠い目をこすりながら仕事や勉強をしている人も多いのでは。

さて、昨日のロシアとスペインの試合。地元開催国と優勝候補の一戦は、脚を攣っても懸命に走る選手たちとロシアサポーターの大声援が創り出す空気によってPK戦までもつれた結果、スペインを打ち破りました。

「いい試合だったなぁ」とふと一息ついた、僕の頭の中に浮かんできたのは選手たちの喜ぶ顔でもなく、サポーターの涙でもなく「城壁」という単語。この試合、実況の方がロシアの硬い守備を、何度も例えていたんですね。

「ロシアの硬い城壁を崩すことができません!」「雨だれ石を穿つという古事成語が…」「まさに要塞!」

時に解説の言葉を遮ってまで飛び出た、この”例え”。「多分、多分荒れるなー」と思っていたら予想通り「城壁おじさん」というワードがツイッターに出現しました。

僕、こういう実況が大嫌いで。過剰な盛り上げは、そのコンテンツ自体が面白くないって言われているような気分になるんです。PK戦に勝って選手たちが駆け寄るシーンなんて無言でもいいくらい。海外の野球実況とかはホームラン打ったり、感動的な場面は敢えて黙るんです。わざとらしい例えを使って盛り上げなくても、その光景だけで十二分にエンタメとして成立するって理解しているから。

日本のスポーツ実況の方ってこういった方がわりと多い印象で。しかも多くの実況の方はスポーツ経験者(しかも大学全国レベルだったり)で、スポーツの楽しさや感動する場面を痛いほど痛感してきた人で愛は深いはずなのに。事前に考えてきた言葉や資料を大きな声で言うばかりで、目の前で起きていることも正確に伝えられないのはなんでなんだろって思ってました。

でも、よくよく考えてみると実況の方にとっても4年に1度の大舞台なんですよね。アナウンサーも仕事は特殊とはいえサラリーマン。自分の立場に置き換えても4年に1度しかない大きな仕事が巡ってきたら、情報調べ尽くして資料も万全に準備しますよね。準備したからには言いたくなるのも人の性です。

そう考えると少しばかり、ここまで叩かれたり、荒れてるのが可哀想に思えて反省しました。「素晴らしいスポーツを日本中の人へ面白く伝えたい!」って実況の方の根底にある気持ちまでは否定しちゃだめだなって。

競技の実力自体はどんどんと進歩している中で、見る人や解説する人、実況する人…競技の周りに存在する人の”関わり方”もこれからどんどん成熟していくと良いなぁと。それが文化になっていくんだろうなぁ。

今日、日本代表の試合ですね。普段より電気の明かりがついた部屋が少し多い深い夜。勝利の雄叫びをあげる実況なら今日はうるさくても許せるかも?


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