三題噺「マフラー/さざなみ/定規」
真っ赤なマフラーたなびかせ、右手にもつは金属定規。
しなやかに伸びる髪の毛は、ツインテールとなってマフラーと一緒にたゆたっている。
「いい……アングルだ……」
かすかに漏れ聞こえた声は、まだ学生だろう、少女の声だった。
秋、少し涼しいとはいえ、日中ともなるとかなり暑い日だった。
さざなみ街道という自転車道に旅行に来たのは、まったくもってただの気まぐれで、普段ろくに運動していない俺の四肢はすでに悲鳴を上げていた。
忙しい仕事の合間、ふとおとずれた連休中。少し良さげなスポーツタイプの自転車を借りて、さざなみ街道をへいこらへいこらと進んでいた最中、ふと、防波堤の上に見つけた光景が、それだった。
「うーん、ここから見える長さだとこんなものか……」
尾道から少し進んだ海岸線、島と島を渡る巨大な橋の方を向き、少女は様々な角度から定規を空に掲げながら、なにやらノートに書きなぐっているようだった。
情報量が多すぎて、何から突っ込めばいいのかと閉口してしまう。
しかし、旅先での開放感か、魔が差したというべきか、俺は彼女の方へと自転車を降りて近づいてみた。
「何してるんだ?」
少女が振り向くと、ぎょろぎょろっとした黒色の瞳が、値踏みするように俺へと注がれる。
「なんですか? サイクリング……いえ、旅行者かな?」
堤防の上で振り返った少女は怪訝な表情を隠そうともせず、俺の方を睨みつけていた。
「俺は確かに、慣れないサイクリングに勤しむ旅行者だが……。お嬢ちゃんこそ、何をしてるんだ?」
「測っているんです。世界を」
そういうや否や、少女は定規を片手に、再び自分の世界へと没頭していった。
どうやら、俺は邪魔らしいと思い、再びサイクリングに戻ろうとした。
「あなた、また……会えるかもしれませんね」
少女と別れようとした時、ふと、そんな言葉が聞こえたような気がした。
帰りの車内。サイクリングでくたくたになった体を引きずるように乗り込んだ新幹線。
寝心地がいいとは言えない座席の感触を味わいながら、夢の世界に旅立つこともできずにスマフォを覗いていた。
サイクリングの最中で出会った美しい景色や、道中食べた広島焼きの味もよかったが、一番に思い出されるのは、不思議な格好をした少女のことだった。
ふと、彼女のことが気になり、最近よく利用しているSNSアプリを眺めながら物思いにふける。
「さざなみ街道っと……」
適当に検索をかけて、出てきた結果を目で追っていく。
綺麗な海岸線沿いの景色や、道中食べた料理の写真が並ぶ中、一つだけ異彩を放つ記事が紛れているのを見つけた。
「新しいワールドを公開しました、か」
たまに見かける有名な雑誌社のネット記事だった。
なんでも、ユーザーの作成した3Dワールドを公開、探索できるアプリで、しまなみの海岸線や島々を再現しようとしている人がいるらしい。
そして、その人によって新しく、さざなみ街道の一部が含まれる海岸線上の景色が追加されたということだった。
「そういえば最近やってねぇなぁ」
流行りに乗って購入したHMDは、自宅の物置でホコリをかぶっていた。
3D特有のふわふわとした感覚。
自分が自分じゃないような高揚感と、違和感の中、明確に現実ではないとわかる……だけど、現実にとても似た世界に降り立った。
数ヶ月ぶりにログインした俺は目的のワールドを検索してさっそく向かうことにした。
新幹線で少しうとうとしたおかげだろうか、旅行で疲れたはずの身体は妙な高揚感のせいか、まだ元気に動いてくれた。
「これ、さざなみの音か……」
ワールドに到着すると、まず最初に聴覚からの刺激に圧倒された。
海岸線特有の海の音色が確かな質感をもって、俺を迎えてくれた。その音は本当に現実のもののようで、今日旅先で嗅いだ海の臭いがまるで蘇ったように錯覚する。
「にしても、すごいなこんなに」
目の前を見つめると、どこまでも続いていきそうな海と島と橋の風景。
これらがすべて3Dモデルとして作られていると考えると、作成した人物の正気を疑いそうになる。
少し進んだ先、今日見た光景ととても似ている新しい世界とやらに向かう。
道中、すれ違った人たちの顔を見ると、満足そうに笑っていた。きっとバーチャル上にできた新しい観光地に満足しているのだろう。
「確かに、こりゃすげぇ」
目の間に広がる海の景色、橋を経由し、島へと渡るその曲線は、写真のように見えるが、目を凝らしてみると、確かな奥行きをもっていることが見て取れた。
「ほら、やっぱりまた会った!」
凄まじい景色に見とれていると、背後から聞き覚えのある声が響いてきた。
赤いマフラーにツインテール
ご丁寧に大きめの定規を背負ったその姿は彼女のアイデンティティなのだろうと想像できる。
現実とバーチャルのはざま、二度目の出会い。
少女は確かにそこにいた。
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VtuberのおばP様の企画です。
お題「マフラー/さざなみ/定規」とこっそり「バーチャル」というお題をミックスしたらこうなった。
久々に小説を書く機会をいただき、ありがとうございました。
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