花を降らせて

 THEE MICHELLE GUN ELEPHANTのギタリスト・アベフトシさんが亡くなって15年。私はリアルタイムでライブを観ることが叶わなかった。出会ってからこれまでを振り返り、自分の気持ちを拙くても言語化することで整理したいと思い、今これを書いている。

 恥ずかしい言い方をすると「初恋の人」だった。母がTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTが大好きで、生まれる前から母のお腹の中で聴いていた。幼い頃の記憶を辿ると、子守歌のように彼らの音楽が流れる環境で育ち、2003年のあのMステを観て大好きになった。当時2歳、スーツを身に纏った4人のオーラに圧倒され、気が付けば毎日録画を観て「ミッドナイト・クラクション・ベイビー」を歌い、玩具のタンバリンや太鼓を鳴らしたり、エアギターで真似事をする日々が始まる。好きなバンドのライブに行くとどうしてもギタリストばかりに目が行ってしまうのだが、ギターやギタリストに興味を持つきっかけがアベさんだった。それまでの身の回りの人に対する「大好き!」の気持ちとは違うもの。家に飾ってあるCDジャケットをじっと眺めてはカッコいいな~とうっとりしていた。まだ幼かったから細かいことはよく分からなかったけれど、とにかくカッコいい!楽しい!と思いながら聴いていた。


 今も忘れられない小学3年生の夏休み、母が泣きじゃくりながら「アベが死んじゃった」と言った。何が起きたか理解するまでに時間がかかった。アベってアベフトシ…?どういうこと…?って。母が声をあげながら泣く姿を見て、どうしていいか分からず立ち尽くしていた。生きれば生きるほど、信じたくもない悲しい出来事が起きるが、それまで身内を亡くしたことがなかった私は「死」というものがどんなものなのかよく分からず、不思議な気持ちになった。お空に行ってしまったからもう会えない。そんなことをぼんやりと考えていたように思う。それからはミッシェルを聴くとアベさんのことを考えて悲しくなってしまい、少し遠ざけてしまった。会ったことはないけれど、人生で初めて好きになったミュージシャンが亡くなってしまったという事実は、どう受け止めたらいいのか分からないショックな出来事だった。

 あんなに毎日聴いていたのに、アベさんが亡くなってからは聴く頻度が減ってしまった。中学生になり、アベさんの3万字インタビューが再掲載された『ROCK'IN ON JAPAN』をブックオフで買った。幼少期の話からバンドの話まで色々なことが沢山書いてあり、変な言い方だが、安部太という人は本当に実在していたのだと理解した。ミッシェルもアベさんも、ほとんど後追いの私にとっては伝説で、こんな奇跡みたいな人が存在していたことに今でも新鮮な驚きを感じてしまう。

 人生に行き詰った高校2年生の秋、突然「エレクトリック・サーカス」が聴きたくなり、久し振りに聴いた。最後のMステ出演の録画を何回も観た幼少期の記憶が蘇り、思い切り泣いた。その時の私はどうやって人生を終わらせるかばかり考えていたが、こんなにカッコいい曲を聴けなくなるなんて嫌だと思い、悩みは何一つ解決していないのにすごく安心できた。何があっても生きるしかない、と思う出来事があった時、ミッシェルの曲を聴きたくなる。

 大学に入ると音楽の趣味が近い人に出会い、ミッシェルが好きだと話してくれた。それまでに出会ったミッシェルを知っている人はほとんどが年上だったから、同世代で好きな人がいて嬉しかった。会話を続けるのが下手な私は、驚きと嬉しさと悲しみで頭が混乱し、結局ミッシェルの話はほとんどできなかった。その年の夏、2010年に出版されたリットーミュージック社のアベフトシ本が復刻され、私も入手することができた。復刻を記念した展覧会が開催されたが、私は知ったのが遅かった。本には過去のインタビューや写真などがたっぷりと収録され、彼の生きた証を感じ取ることができる一冊となっている。交流のあったミュージシャンのインタビューを読んでいたら物凄い悲しみが襲ってきて、本を読むのをやめてしまった。

 私は何年も自分の心のある部分に蓋をして、現実から目を背けてきた。今だったらTwitterやnoteに自分の気持ちを投稿できるし、CDショップや映画館へ行くことで気持ちを整理することができる。だが、訃報を知った時はまだSNSも使っておらず、パソコンの使い方もよく知らないから自分で情報を集められなかったし、今のように気持ちを綴ったり共有する場所もなかった。ミッシェルやアベさんのこと=悲しいことになってしまい、母にも話せなかった。一人でどうしていいか分からないまま歳を重ね、考えると辛くなるからと遠ざけてしまった結果、色んなものを見落としてきた。
 昨年の12月5日にチバユウスケさんの訃報を知り、アベさんの不在を本当の意味で理解した。それからはミッシェルの曲を沢山聴いた。そして、SNSで多くの人の投稿を読んだり、ラジオにリクエストを送ったり、CDショップで愛に溢れた展示を見たり、映画を観たりすることで、少しずつ事実を受け入れられるようになった。私は実際にライブを観たことがないから言葉に説得力がないかもしれないが、アベさんはすごくギターを大事に扱い、綺麗な鳴らし方をする人だと思う。鋭いカッティングだけど上品で。言葉にならない想いも鳴らして、こんなにやさしくて美しい音がこの世界に存在するのか、と感動させてくれる。

 この15年が長かったのか短かったのかはよく分からない。今でも悲しいし、途方に暮れてどうしようもなくなる時だってある。時間がすべてを解決してくれるとか、そういう風には思えない。だけど、今はアベさんが愛するミッシェルの曲を悲しくなるからって聴かないのはもったいないと思う。亡くなった人のことを想うと天国でその人の周りに花が降る、という話を聞いたことがある。ずっと悲しみに囚われてばかりだったけれど、これからは花言葉に詳しいアベさんも驚くくらいの花を降らせよう。こう思えるまで随分と時間がかかってしまった。
 今はアベさんの故郷・江波に行きたいと思っている。アベさんの生きた証に触れたいという気持ちが自分を支えてくれている。ずっと大好きです。