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【SS】全てを捨て去る覚悟はあるか
「俺、大学は東京のん行くから」
「え……?」
八月。
両親が結婚記念日で旅行に行ってた日。
リビングに最愛の兄から呼び出され、ウキウキだった陽菜は兄の未来予想図を聞いて絶句した。
物理的な距離がある場所、もう手の届かない場所に幼いころから恋焦がれている三歳年上の兄、健司が行ってしまうことに陽菜は眩暈がする。
「じゃ、じゃあ、私も高校、東京のとこ行く……」
「いやいや、無謀やろ。東京で女子高生が一人暮らしするんか?」
絶望感。とでもいうのだろうか。
好きな人が自分を拒むということはこんなに悲しく、苦しい事なのだと実感した。
―――じゃあ、一緒に住むか。
その言葉が欲しかった。
―――俺も頑張るから、お前も頑張るんやで。
って、いつもの大好きな兄なら言ってくれるのに。
どうして?
「……好きな女でもおるん」
「……好きな女はおる。でも、一緒に落ちたらあかんのや」
「なんで? 好きなら、どこまででも落ちたらええやん。お兄ちゃんはその人から逃げるために東京行くん?」
兄は相変わらず見たこともない硬い表情で麦茶の入った汗のかいたコップを見つめている。
「じゃあ、お前は、『俺と一緒に死のう』って言うたら一緒に死んでくれるんか」
「え?」
「俺が、お前を『女』として見とるって言うたらどうするんや」
陽菜は高揚した。
あの兄が、自分を?
陽菜は立ち上がり、机を勢い良く叩き、前のめりに兄の顔を見た。
「お兄ちゃんは、私を好きなん?」
「聞くな。諦めるために東京行くんや」
「いくじなし」
「はぁ?!」
健司は勢いよく顔を上げた。
ああ、愛おしい女の顔がすぐそこにある。
でも、ダメなんだ。
この女は、三歳下の、妹。
自分が手を出すべきじゃないと分かっている。
「私もお兄ちゃんを異性としてずっと好きやった。それじゃあかんの」
「ええわけないやろ。親父と母さんになんて言うんや」
「ぐぬぅ……」
確かに、兄妹間の恋愛なんて、所謂禁忌だけれど。
でも、妹は諦めきれない。
しかし、兄も耐えていた。
陽菜以上に好きになる女なんてきっと現れない。
よちよち歩きながら自分の後ろを着いてくる姿が可愛かった。
なんでも自分の真似をしたがるところも好きだった。
バレンタインに他の女からのチョコを察知すると不機嫌になるところも、全部独り占めしたい。
でも、自分は陽菜には相応しくない。
もっと、相応しい男がいるはずだ。
自分も、もしかしたら一種の気の迷いかもしれない。
それを確かめるために、健司は陽菜のもとを離れるのだ。
「陽菜、一旦、距離を置こう」
「なんで?! 嫌よ!! 私はお兄ちゃんといたい!」
「落ち着け、一生離れ離れとはちゃうやん。お前が高校卒業するまで三年間、違う環境でもっと周りをみようって話やん」
「じゃあ、私が高校卒業して、まだ相思相愛なら覚悟決めてくれるんやね?」
健司は軽くため息を吐いて、陽菜を睨んだ。
「覚悟決めんのはお前や。お前は全てを捨てて俺と二人きりになる覚悟決めなあかんのやぞ」
「分かってる。じゃあ、三年間は好きに女遊びしなよ。私も他の男の人も見てみる」
「……ああ」
そして、健司は東京の超難関大学に易々と合格し、陽菜は地元の高校を受験し、それぞれ、スクールライフを三年間楽しんだ。
陽菜の高校卒業式翌日。
陽菜は、まだ両親が起床しない時間に家を出た。
必要最低限だけでいいとの兄からの連絡通り、小さなリュックに入るだけのものを入れて持ち出した。
結局、健司も、陽菜も、他の異性と交際をしてみたものの、思い出すのはお互いだけだった。
健司から陽菜に三年ぶりに連絡が来たのは、卒業式の十日前。
『俺は、すべてを捨てる。新幹線のチケットと手紙送ったから、すべてを捨てる覚悟できたなら、来て』
手紙と新幹線のチケットが届いたのはその翌日だった。
陽菜はとっくに覚悟が決まっていた。
「陽菜!!」
「健司くん!!」
東京駅の一角で抱き合う二人の男女。
一見して、ただのカップルかと思うが、この恋人たちは、覚悟を決めた二人なのだ。
(山奥で、ひっそり暮らそう)
(うん、死ぬときは一緒だからね)
((愛してる))
―END-