音声ガイドディスクライバーの養成講座に参加して感じたこと
はじめに
音声ガイドディスクライバーという仕事をご存知ですか?
私は藤岡みなみさんの著書「パンダんのうんこはいい匂い」を読んで、初めてこの仕事を知りました。現在、私は事業会社でデザイナーとして働いていますが、ここ数年はUXライティング(※)にも力をいれていたところでした。言葉の力と重要性について考えている日々の中で、音声ガイドディスクライバーの役割に興味を抱きました。
調べていくうちに、音声ガイドディスクライバーは、言葉を通じて文化や芸術を多くの人々に届ける素敵な仕事であることが分かりました。作品全体の意図を理解し、わかりやすく伝えるスキルは、仕事にも活かせると感じました。ちょうどその時、音声ガイドディスクライバーの養成講座が開催されることを知り、2023年4月から6月中旬まで、日本映像翻訳アカデミー(JVTA)の講座を受講しました。この2ヶ月半の経験から得た感想を共有したいと思います。
音声ガイドディスクライバーとは?
音声ガイドディスクライバーとは、主に目の見えない人が映像を楽しむために、必要な情報を提供する専門家のことです。具体的には、映像の中の人物、風景、状況などを伝える音声ガイドの原稿を作成します。
音声ガイドは、映画やテレビ放送だけでなく、美術館や博物館、観光地や公共交通機関などさまざまな場面でも提供されています。私が受けた講座は、映像コンテンツを中心とした内容でした。
受講して感じたこと
講座を受講して、主に次の4つのことを感じました。
言葉の奥深さ
言葉ってなんて奥が深いのだろうと感じました。伝え方や表現の仕方で、大きく印象が変わってしまいます。似た言葉でも選ぶ言葉や、たった1文字の違いでも、思い浮かべる映像が変わってしまいます。
講座の中では、先生から多くのフィードバックを受けました。自分が普段いかに曖昧に言葉を使用していたかを痛感しました。
表現の幅広さ
音声ガイドでは、聴く人が飽きないように、できるだけ同じ言葉を使わず表現を変えながら伝えていきます。例えば「見る」という動作は、映像コンテンツでは頻出しますが、その都度、異なる言い回しや表現方法を変える必要があります。様々な表現方法を知り、それを工夫することの面白さを知りました。
すべてに意味がある
講座の初回に、先生から「見たものを見たままに伝えなさい」と言われました。言葉では理解しているつもりでも、実際は自分の解釈が加わってしまいます。普段、何気なく映像を見ている時に、勝手に解釈していることに気付かされました。
音声ガイドディスクライバーは、演出意図を汲み取り、伝えたい情報を正確に伝えることが重要です。映像だけでなく、台本やポスターなどあらゆる情報を元に、どのようなメッセージを伝えているかを見極めるところから始まります。映像の構成やカメラの位置、セリフとセリフの間隔など、すべてに意味が込められており、その意図を理解することは難しくもあり愉しくもあります。
なんて専門的な仕事なんだ!
何十年と携わっている先生でも、振り返るとこの言葉の方がよかったなとか、こういう伝え方のほうがいいなとか、常により良い表現を考えて改善しているとお伺いしました。そのひとことや1文字にこだわる姿勢は、なんてプロフェッショナルなんだ!と感じさせられ、奥が深く面白い仕事だなと思います。
デザインと似ているところ
私の普段の仕事であるデザインと、音声ガイドディスクライバーとして学んだことには、似ているところがありました。
ユーザーの多様性
音声ガイドのユーザーである視覚障害者は、年齢や経験の違いもありますが、先天盲、中途失明、強度弱視という障害の違いがあります。例えば、途中失明の方の場合は、見えていた時期の記憶から映像を思い浮かべることができますが、先天盲の方だとそれができません。
デザインの場合、幅広い年齢層や背景を持つユーザーを想定し、ユーザビリティを向上させるデザインを考えます。
どちらも、多様なユーザーを考慮する必要がありますが、すべての人に 100% 伝えることはできないので、最小公倍数のようなところを探すところが似ていると感じました。
情報の取捨選択とタイミング
情報が多ければいいというものではなく、情報の選択と提供タイミングが重要です。
音声ガイドは、映像の情報を的確に伝えるために、演出意図を汲み取って情報の選択を行い、最も伝えるべきことを最適なタイミングで提供します。
同様に、デザインでも必要な情報を適切なタイミングで提供するために、要素やコンテンツを設計します。
ユーザーのフィードバックを活用
音声ガイドの制作では、作成した原稿をナレーターが読み、実際に視覚障害者の方に聞いていただくモニター検討会を行います。モニター検討会を通じてユーザーにフィードバックをもらい、原稿を改善していきます。
デザインだと、ユーザビリティテストを通じて、デザインの改良を行うのに似ています。
他の制作者への配慮
ユーザーだけでなく、他の制作者への配慮も大切です。
音声ガイドの制作は、ディスクライバーが作成した原稿をもとに、ディレクターやナレーターなどによって、実際に音声が収録されます。どんなに良い原稿を作成しても、それが他の制作に伝わらないと、思うような音声ガイドにはなりません。他の制作者にも理解しやすいように、原稿の書き方を工夫する必要があります。
デザインでも、デザインデータを PM やエンジニアなどの関係者が理解しやすいように工夫します。
自然な体験を提供すること
音声ガイドは、あくまでもメインコンテンツを楽しむための情報提供を目的としています。違和感や理解困難な要素があると、コンテンツの鑑賞が妨げられてしまいます。音声ガイドは、できるだけ印象を残さず、自然に情報を伝えることが求められます。
同様に、私のようなプロダクトのデザインの場合も、ユーザーが自然にサービスを利用できるように設計します。どちらも、自然な体験を提供する点が似ています。
デザインと違うところ
逆にデザインと違うところもありました。
言葉の選定
普段の仕事では、言葉の統一性や一貫性に注意をしているため、音声ガイドでは同じ言葉を繰り返さないという原則に苦戦しました。たしかに、映画やドラマのようなエンターテイメントでは、どんなシーンでもニュアンスの違いがあるように、表現が変わることは自然です。同じ表現を使うことが、逆に違和感に繋がってしまいます。
言葉だけでの認知
デザインにおいて、情報を視覚的に伝えるときに、アイコンや色などの視覚要素を活用します。もちろん、アクセシビリティを考慮する際には、視覚情報に頼らずに言葉だけで情報を伝える必要がある場合もありますが、それだけでデザインすることは少ないと思います。
音声ガイドは、音しか情報がありません。言葉だけで瞬時に想像できなくてはなりません。単純に目隠しをしただけでは、想像できるものでもなく、視覚障害者の理解が必要になります。
まとめ
音声ガイドディスクライバーは、ただ状況を描写するだけではなく、その映像の意図を汲み取り物語自体を伝える仕事だと思いました。それを聴くことで、見えないものを思い浮かべたり想像が膨らんだりと、楽しんでもらえるところが魅力的だと思いました。
まだ実践はできていないので、さまざまな人が映像コンテンツを楽しめるように、今後挑戦していきたいと思います。
音声ガイドもデザインも、答えはないと思います。自然な体験となるように、最善を尽くしたいと思いました!